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2019年06月02日20:56

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知ると奥が深い、ベテラン漫才師の訃報。

横山たかしさん死去 相方ひろしが最後の会話明かす
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=5645750
横山たかし・ひろしの横山たかしが亡くなった、ですか。関西を中心に長く活動した「上方漫才」コンビの一つだと言うことは知っていましたが、東京在住の私の感覚では、オール阪神・巨人、海原はるか・かなたや大木こだま・ひびきほどは全国的なメディアで見る機会がなく、「ホラ吹き漫才」なる独自の芸風を確立したと言われてはいても、改めてYouTubeでその芸をチェックするまではその芸風を知らず、なるほど、そういう芸風なんだと認識する一方、関西きっての高級住宅地とされる芦屋がネタになったりとか、東京では今一つウケにくい印象がありましたね。
横山たかし・ひろしということで、その亭号から横山やすしの弟子ということで知られ、結成当初は師匠と同じ吉本興業の所属でしたが、その横山やすしが弟子に向ける非人道的とも言われたほどの暴力を周囲が見兼ね、松竹芸能の正司玲児(正司敏江・玲児として「ドツキ漫才」で活躍していた)が弟分に引き取る形で円満移籍させたほどだったそうで、以降は海原はるか・かなた、酒井くにお・とおるなどと並んで松竹芸能の花形上方漫才師の座を築いていったようですね。
早くから「ホラ吹き漫才」をやっていたようですが、所謂「漫才ブーム」の波に乗ることもなく一時期低迷していたこともあったようで、平成に入ってやしきたかじんの番組で再評価されたようで、平成6年に第29回上方漫才大賞で大賞受賞といくらか「遅咲きの花」な要素があったらしいですね。
「38億8千万円の純金」と称するジャケットを纏ってホラ吹き漫才をやっていた横山たかしでしたが、5年前に腰部脊柱管狭窄症を発症して約1年活動を休止しリハビリテーションに励んだものの、下半身の自由が失われてしまい、後輩芸人の増田英彦(ますだおかだ)の発案で「純金48億円」と称する金色の車椅子を特注して舞台へ復帰、活躍を続けていました。さながら、事故で車椅子生活になりながらも不屈の闘志でパワフルな歌唱を続けていた往年の米国の人気R&BシンガーであるTeddy Pendergrassのような感じだったかもしれません。
しかし、昨年初めに腸腰筋膿瘍の手術を受け、昨年いっぱいまで活動を続けていたものの、今年に入って受けた検査結果が芳しくなく再度入院、昨日(6月1日)未明に多臓器不全のために大阪市の病院で亡くなったのだとか。相方の横山ひろしは松竹芸能の大先輩で「松竹新喜劇」の看板喜劇俳優だった曽我廼家明蝶が創設した「明蝶芸能学院」の同期であり、また同じ愛媛県出身同士でコンビ仲も良かったようで、入院中に見舞った際に「YouTubeで2人の漫才を見せたら、それまでうつろやったのに、パッと元気な顔になって見入っていた」とかで、映像が終わってひろしが「さっ、舞台やで」と声をかけると、たかしが「大きな声で『わかった、はいはい』と答えてくれ」、その後「ありがとう」と互いに言い合い、別れたのが最後の会話だったとか。苦労人ゆえか人望も篤かったようで、惜しまれながら亡くなったようですね。
コンビ結成50年を経ての訃報でした。ご冥福をお祈りいたします。合掌。
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