彼女はラミアだった。今は誰でもない。ラミアがオリジナルとすれば、そのコピーが彼女なのだ。だから、無数にコピーされる彼女は最初から「ラミアだった」存在だ。
主人の血肉から摘出したiPS 細胞を卵子に分化誘導し、それを主人の精子と掛け合わせるこ とで、アダムの肋骨からイヴが生まれるように、男一人で夢の女を作り出す。好みの顔、身体に育てることは可能だが、唯一自由にデザイン出来ないのが中身・・・心だった。その点を主人は飼い猫のラミアを使うことでクリアした。即ち、ラミアの反応・・・感覚、感情、感触を全てデータ化し、それをチップに収め、主人を愛する心を持った容
れ物が誕生した。猫の鳴き声を人間の言葉に置き換えるのは、ジャパンのフリーソフトで間に合った。
ラミア。プライベート・ファム・ファタール。スタート時の最初の言葉は「Je 'aime」。かつて、猫のラミアは主人の顔を舐めることで愛を表現した。主人は女のラミアを愛し、プログラミングした彼女の求めに応えて激しいセックスをした。彼女の寿命は猫と同じく10年前後。最長で17 年もったが、それ以上は中身が劣化し、痴呆症状も見せた。ラミアのメンテ、リカバリはカネがかかった。そこで、主人は使い古しの心が死んだ状態のラミアを十数体出荷することで資金を得た。カネは常に最新の「現在進行形」をキープする。ラミアも常に主人に新鮮な「Je t'aime」を囁く。
ニーナが受けた依頼は、いわゆる回収だった。欠陥商品の回収。客に熱っぽく「Je 'aime」を囁いて、ファックの真っ最中に首を絞めて殺す・・・フランスのリアルドールメーカーが開発した、ベル・アマン( 美しい恋人)、人間と同じく生き、温かい肌を持ち、喋り、恥じらい、泣き、笑い、拒絶し、設定によっては獣のようにファックしたがるラブドールが三体、殺人を犯し、逃走したのだ。彼女たちの名前はジャンヌ、アンナ、マリア。ニーナは彼女たちがそれぞれの客たちによってそう名付けられ、キャラ設定に加えて見た目もカスタマイズされていることを知ると、どんなにカスタマイズしても絞め殺されるもんなんだねえと低く笑った。ミラーサングラスの奥に潜む意識がネットにつながり、瞬時に情報を拾い集める。メンテ用の製造番号が彼女たちの脳ミソに当たるチップに打ち込まれている限り、彼女たちが逃げられる場所は地球上には存在しない。
エッフェル塔より高いものがあちこちにおったったパリの夜景は、不格好なマトリックスを立体的に描き、グリッドに表れない細かな路地裏、地下道などに裏の世界の住人たちは身を潜め、ありとあらゆる汚れ仕事に手を染める。ジャンヌはそこのボスに飼われていた。ボスは力仕事でのし上がったタイプなので、ジャンヌが作り物だとは見抜けていなかった。「Je t'aime」を熱っぽく囁く彼女にすっかりマイッてしまい、占拠したホテルのスイートルームをあてがって、彼なりの愛情をたっぷり注いでいた。
「何だてめえ!!」見張りに立つ手下たちがニーナのブローニング・ハイパワーの9�个杷召鮨瓩暖瑤个気譟�壊れた人形のように崩れ落ちる。ノックされるドア。そのドアがマシンガンで蜂の巣にされる。マシンガンを乱射しながらウオーッと叫ぶボス。背後でジャンヌがベッドからゆらりと立ち上がり、ボスが教え込んだ出身国の言葉で「愛してる」と囁く。ボスは振り向きもせず「俺もだ!! おまえは俺が守ってやる!!」と応える。その首がジャンヌの手刀でポッキリ折れる。マシンガンの銃口が上を向き、壁、天井と穴が続き、ボスは死ぬ。ニーナがパッとドアから飛び込み、ジャンヌの右目を撃ち抜く。それでデータは吹っ飛び、起動停止。「バカだねえ」とニーナ。「ラブドールにはマスター、つまりあんたしかいないのさ。セリフはお互いの顔を見なくっちゃあ」そう、女心を極度に鋭敏化させてしまった欠陥品ベル・アマンは、ちょっとしたことでも不機嫌になって相手を殺す。
アンナのマスターはサイバー戦専門の退役軍人だった。生まれつき四肢がなかったが、義肢を装着することでコンプレックスを克服し、弱さを隠すために必要以上にサディストになっていた。戦場では衛星経由でターゲットをピンポイントで探し出し、たった一人の人間を殺すためにブロック単位でレーザー照射を行っていた。逃げている最中、マスターの部屋に忍び入ったアンナは、マスターの愛を得るためにインプットされたフェラのテクを披露した。しかし彼はインポで、しかも精神分裂症だった。要するに心身ともにおシャカで、それゆえに退役になったの だ。マスターは自分のペニスにむしゃぶりつくアンナの背中にナイフを突き刺した。ナイフは皮膚を貫き、人工筋肉に覆われたセラミック製の肩胛骨に当たって止まった。血の代わりにミルク色の体液が流れ、瞬間接着剤のように固まると、アンナはマスターのペニスからゆっくり口を離し、マスターの目から瞳孔の収縮、眼球の動きを読み取り、「Je t'aime」を「Me tuer」に置き換えて、熱っぽく「私を殺して・・・」と囁いた。マスターはナイフでアンナをメッタ刺しにした。それが彼のペニスの代用なのであり、白い血液はダイレクトに若い頃の彼自身が放出していた精液につながった。
刺して、刺して、殺して、殺して、アンナはマスターの全てを受け入れ続ける。やがて、自己修復が追いつかなくなるほど、アンナはバラバラに解体される。それでもアンナの唇から漏れる愛の囁き。マスターは息を切らしながら、アンナの生首を抱えてナイフで唇を撫でる。しっかりと見つめあいながら、感極まったように泣き崩れた。そして人の気配に目を上げ、目の前にニーナが立ってるのを認めた瞬間、脳天を撃ち抜かれて闇のなかに落ち込んだ。右目を開けて弱々しくぶつぶつ 囁くアンナの生首にミラーサングラスの奥から視線を落とし、「愛し合うってのもラクなもんじゃないね」と言い、右目を撃ち抜いた。
マリアはペール・ラシェーズ墓地にいた。彼女が佇む墓石には彼女と同じ顔をしたトルソーが掲げられており、十字架を持つ手の下には“ 我、ラミアとともに眠る” と彫られている。朝焼けの空を無数の人工衛星が流れていき、マリアの瞳をきらきらと輝かせる。マリアのなかのベル・アマンとしてのデータは全て消失していた。その代わりプロパティにあるのはラミアのプログラムファイルだけだった。ラミア? とニーナはネットで情報を検索
し、 瞬時に事情をすべて理解する。マリアのプログラムから言語変換ソフトを削除すると、マリアの何か言いたげだった唇が動き、墓のラミア像に向かって、にゃあと鳴いた。立ち上がって、トルソーのラミア像の首に手を回して、猫のようにぺろぺろ顔を舐める。墓に眠る主人を想ってのことだろうか、それともオリジナルの自分自身を懐かしんでのことだろうか? マリアに近づいたニーナは拳銃をマリアの顔に向けた。銃口を見たマリアは猫のように目を大きく見開き、甘えるような声でにゃあんと高く鳴いた。銃弾はマリアの右目を貫き、墓のラミア像の顔の右半分を砕いた。
ラミアを元にしたベル・アマンのラブドールたちは改良され、ネットを通じて何も思い出さないようにサーチレベルを低く設定された。だから、男たちは安心して彼女たちの愛の囁きを聞くことが出来た。ニーナは今やバグ扱いされるラミアのオリジナル・プログラムをネットの彼方に眺めやり、主人を求めてにゃあにゃあ鳴く牝猫の鳴き声に同性として寂しく笑うだけだった。
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