「『イリアス』の各場面を『星矢』キャラで妄想みた」��
(第16歌よりパトロクロスの出陣シーンを、パトロクロス=シュラ、アキレウス=アイオリアで)
シュラは軍勢の牧者アイオリアの傍らへと歩み寄った。熱い涙をこぼして泣くその姿は、険しい岩壁を伝わって黒ずんだ水をほとばしらせる水面暗い泉のよう。それを見て駿足のアイオリアは憐れを催し、翼ある言葉をかけた。
「シュラよ、どうした、涙など流して。まるで幼い小娘のようではないか。母の後を追い、着物にすがって抱いてくれとせがむ、急ぎ足に行こうとする母を留め、抱き上げてくれるまで涙を溜めた目で母をじっと見つめている小娘のようだ。シュラよ、お前がぽろぽろと涙を流している様子は、そのような小娘そっくりだ。何か故郷で、あるいはこのおれに伝えることでもあるのか。お前だけが知っているようなことがあるのか。おれの兄も、お前の父も、故郷で存命だと聞くが。もしこの二人が亡くなったというのなら、我らもさぞ嘆くことになるだろうが。それともお前が、聖域勢が自分らの思い上がりが災いして、船陣のあたりで討たれているのを悲しんでやっているのか。胸の中を隠さずはっきり言ってくれ、お前だけでなくおれにも分かるように」
それに答えて、騎士シュラは深いため息をついてこう言った。
「アイオロスの弟にして、聖域軍に並びなき勇士アイオリアよ、どうか気を悪くしないでくれ。聖域勢を襲った苦難はそれほど激しいのだ。これまで目覚ましい働きをした勇士らがみな、あるいは矢に当たり、あるいは槍に刺されて、船陣内に臥せっている。ミロは矢を受け、槍の名手カノンもシオンも槍に刺された。アイオリア、お前はなんとつまらぬ男だ。おれはお前が今抱いているような怒りには金輪際取りつかれたくないものだ。お前にはせっかくの武勇も仇になる。お前が今、聖域勢の無残な悲運を防いでやらねば、後の世に生まれる者にしても、お前から何の恩恵を受けぬことになるぞ。全く非情な男だ。しかしもしお前が心の中で、何か神のお告げがあったことを避けたいと思い、母御がゼウスからの伝言をお前に取り次がれたというようなことであるなら、せめておれを戦場に送り、獅子宮の軍勢をおれにつけてもらいたい。そうすればあるいはおれが聖域勢に救いの光となれるかもしれん。それにまたおれにお前の物の具をこの肩につけることを許してもらいたい。冥府勢がおれをお前と見誤って、戦うことをやめぬとも限らぬし、疲れ切った聖域勢も一息つけるかもしれん。戦場では休みはつかの間でも、疲れが抜ければ、我が軍が戦い疲れた敵を船陣と陣屋から押し返すことは容易だろう」
こう言って嘆願したが、何という愚かさ、それはやがて我が身に悲運な死の運命の訪れを願ったことになったとは。駿足アイオリアは慨嘆して彼に答えた。
「ああ、嘆かわしい、ゼウスの血を享けたシュラよ、何ということを言うのだ。おれが何か神のお告げを受けてそれにこだわっているわけでもないし、母がゼウスの伝言を取り次いできたのでもない。ただおれとしては、誰であろうと権勢に勝るのを良いことに、自分と対等である者から物を奪い、その手柄の恩賞まで取り上げるようなことがあると、どうにも腹の虫がおさまらんのだ。現におれはそうしたことで実に不快な思いをしたので、憤慨に耐えんのだ。聖域勢がおれのために手柄の褒賞として選定してくれた娘を、おれが堅城を落とし自らの槍で得た女を、シオンが取り上げてしまった。これでは何の権利もない流れ者扱いだ。だが済んだことはよいとしても、おれとていつまでも腹を立てているわけにもゆかなかったから、せめて雄叫びと共に戦いがおれの船に及ぶまでは腹立ちを治めまいというつもりであった。
さあ、お前がおれの世に聞こえた武具を身につけ、戦い好きの獅子宮の軍勢を率いて戦場に向かってくれ。すでに黒雲のごとき冥府の軍勢が強力に船陣を取り囲み、我が軍は波打ち際に追い詰められ、かろうじてわずかな場所を占めているに過ぎぬというのだからな。冥府軍が大胆不敵にも全軍を上げて出撃しているのは、おれの兜の顔を間近に見ておらんからだ。シオンがおれに優しい気持ちを持っていてくれたらな、敵はたちまち逃げて、河床を屍で埋め尽くすだろうに。ミロの槍も聖域勢を破滅から守るべく荒れ狂っておらんし、シオンが憎々しい顔から発する叫び声も、おれはまだ聞いておらん。それに反して兵殺しのラダマンティスが冥府軍に下知を降す声は辺りに響き渡り、聖域勢をうち破った敵軍は歓声を上げて全平原を圧する勢いだ。とはいえシュラよ、お前は船団を破滅から守るべく、激しく敵に襲いかかってくれ。敵に船を焼かれ、待ち望んだ帰国の機会を奪われてはならん。それから、これからおれが言うことをよく聞いて、その通りにしてくれ。おれはお前に、全聖域軍が見て実にあっぱれな手柄と讃えるような栄誉を上げてほしい。そうすれば彼らもあの美しい娘をおれに返し、さらに見事な品々をくれるだろう。だがいったん敵を船から駆逐した上は引き上げてこい。たとえ激しく雷を鳴らすヘラの背の君が、なおも手柄を立てさせようとされても、おれと離れて戦好きの冥府軍と戦おうと思ってはならん。さもなくばおれの名誉を傷つけることになる。また戦いと斬り合いに気を良くして調子に乗り、イリオスまで兵を進めてもならん。永遠にいます神々のどなたかがオリンポスから介入してくる恐れがある。ことに遠矢を放つアポロンは大の冥府勢びいきであるからな。されば船陣に救いの光を点じた後は、すぐに引き上げよ。他の者たちは勝手に戦わせておけ。願わくば父神ゼウス、アテナ、またアポロンよ、ここにある限りの冥府勢の一人だに、いや聖域勢もまたその一人だに死を免れることなく、我ら二人だけだ破滅を免れ、我らだけの手でイリオス城が頭に戴く冠を叩き潰させたまえ」
二人はこのように語り合った。
一方、冥府勢は足速き舟に火を放ち、たちまち消すべくもない炎が船を襲った。かくて船尾は火炎に包まれたが、アイオリアは両腿を叩いてシュラに言った。
「立て、ゼウスの末裔、山羊座のシュラよ、船のあたりで燃え盛る火が見える。船を奪われ、我らの逃げる道がなくなるようなことがあってはならん。急いで武具をつけろ、軍勢はおれが集める」
こう言うと、シュラは輝く青銅の武具に身を固めた。まず足には足首を締める銀の留め金を施した見事な脛当てをつけ、ついで胸の周りにまとった胸当ては、アイオリアのもので、きらびやかに星型の飾りをあしらってある。肩には銀鋲打った青銅の太刀を、ついで頑丈な大槍を負う。たくましい頭には馬毛の飾りをつけた見事な造りの兜を戴いたが、飾り毛か垂れなびくさまは見るも恐ろしかった。次は手にぴったりと合う頑丈な槍二振りを手に取ったが、勇猛並びなきアイオリアの槍のみは持たなかった。これはがっしりとした頑丈な大槍で、聖域軍勢中これを振るい得る者はアイオリアしかいなかった。ペリオン山のとねりこで作ったもので、かつてケイロンがペリオンの峰からもたらして兵どもを討ち取れとアイオロスに贈ったものであった。
シュラは素早く馬を繋げと御者を務める巨犬座のシリウスに命じた。この男は、シュラが戦列をなぎ倒すアイオリアの次に大事にしている男で、常に陣中にあって主の命を待つ忠義一途の士であった。命を受けてシリウスは、風と速さを競う二頭の駿馬、クサントスとバリオスを頸木につないだ。これは疾風の精(ハルピュイア)のポダルゲがオケアノス河畔の牧場で草を食んでいる折に、西風の神ゼピュロスに産んだものだった。控えとして名馬ペダソスを添えたが、これはアイオリアが、エエティオンの町を落とした折に奪って連れ帰ったもので、この馬のみは尋常の死すべき馬であったが、不死の神馬に従った。
アイオリアは陣中をくまなく巡って、獅子宮の軍の全員に武具をつけて出陣の用意をせよと命じた。軍勢はさながら、言語を絶する凶暴さを胸に秘めて生肉を食らう狼の群れのよう。山中に角ある鹿をしとめて貪り喰った狼が頬に血を濡らし、水の黒ずんだ泉から細い舌で水面を舐めとる、群れを組んで進み、腹は十分に満ち足りたものの、胸中にはなお不屈の闘志を秘めている、まさにその狼の群れのようだった。獅子宮の軍勢を指揮する隊長たちは、駿足アイオリアに仕える頼もしい従士を囲んで突き進み、勇猛アイオリアは彼らの間に立って馬と盾持つ兵士らを激励した。
「獅子宮の軍よ、お前たちはそれぞれ決して忘れるなよ。おれが腹を立てている間中、お前たちが快速の船の傍らで冥府勢に向かって吐いていた威嚇の数々を。また誰もがおれを責めて言った言葉をだ。『強情なアイオロスの弟よ、母君はあなたを乳ではなく怒りの汁である胆汁で育てたのだろう。嫌がるあなたの戦友たちを無理矢理に船の傍らに引き止めておくとは、なんと酷薄なお人よ。これほどまでに無残な怒りがあなたの胸を襲ったのであれば、我らは海渡る船で国もとへ帰らせてもらおうではないか』。お前たちはたびたび寄り集まっては、おれにこんなことを言っていたものだ。それが今、お前たちが待ちに待っていた戦いの大事が目の前にある。今こそ各人は勇猛心を胸に抱いて、冥府勢と戦ってもらおう」
こう言って各人の力と戦意をかきたてると、軍勢は主の命を聞いて一層緊密に隊伍を組んだ。あたかも一人の男が、風の力を防ぐべく、隙間なく石を組んで高い壁を築くように、兜と金を打った盾とがぴたりと接し、盾と盾、兜と兜、人と人がもたれあった。馬毛の飾りを戴いた兜は首を垂れるたび、前立ての角が触れ合ったが、それほどまでに軍勢は隙間もなく密に立ち並んだ。
アイオリアは陣屋に入り、見事な細工を施した美しい櫃のふたを開けた。これは白銀の足の母女神が肌着と風を防ぐ上着、また羊毛の毛布をしっかりと詰めて、遠征に携えていけと船に乗せてくれたものであった。その中には精巧な作りの盃も納めてあり、彼の他にはこの盃できらめく酒を飲んだ者はなく、また当のアイオリアも、父神ゼウス以外の他の神には、この盃で酒を注ぐことがなかった。この盃を櫃から出すと、まず硫黄で浄め、ついで清流で洗い、自分も手をすすぐと、きらめく酒をすくった。そして陣屋の前の中庭の中央に立って祈り、上天を仰いで酒を注げば、雷を楽しむゼウスもそれを見過ごしはしなかった。
「大神ゼウス、ドドネ、またペラスギコンと、はるかな地に住まいまし、冬寒きドドネをしろすめす君よ。君のいます辺りには神慮を解き明かす祭司セロイたちが足も洗わず地に伏して眠ります。かつて私の祈願を聞き届けられ、我が名を立てさせんと聖域勢を苦しめたもうのであれば、今もまた我が願いを聞き届けたまえ。私は船陣に留まりますが、獅子宮の大軍とともに戦友を戦場に送ります。はるかに見晴らすゼウスよ、なにとぞ彼に栄誉を授け、その胸中に雄心を沸かせたまえ。さすればラダマンティスめも、我らが従士が単身にても戦う術を心得ているか、それとも私自身が自ら戦場に臨む時にのみ、彼の腕が無敵の強さで荒れ狂うのか、分かりましょう。しかし彼が船陣から戦いと雄叫びをぬぐい去った上は、つつがなく彼が身につけた武具もすべてそのままに、白兵戦と得意とする戦友たちと連れだって、快速の船に帰還させてくださいますよう」
こう言って祈ると、明知のゼウスはそれを聞き、その一つは聞き入れたが、他の一つはこれを拒んだ。すなわち、シュラが船陣から戦火をぬぐい去ることは許したものの、無事に戦場から帰らせることは拒んだのであった。さてアイオリアは神酒を献じ、父神ゼウスに祈願した後、再び陣屋に入って盃を櫃にしまい、陣屋の前に歩み出てその場に立った。両軍の死闘を眺めたいと思ったからである。
さて勇武のシュラとともに、武装を整えた軍勢は進撃を始め、やがて闘魂凄まじく冥府勢に襲いかかった。素早く繰り出していく様は、路傍に巣食う雀蜂のよう。道のわきに巣を構えているのを、悪童どもがいつもの癖でしつこくいじめて怒らせる、また通りすがりの旅人が、その気はなしにうっかり触れた時でも、勇気凛々として残らず飛び出し、仔蜂を守らんと立ち向かってくる。獅子宮の軍勢はまさにこの雀蜂のごとき気概でもって船々から繰り出し、消すべくもない喚声が沸き起こった。
シュラは大声で味方に呼びかけて言った。
「アイオロスの弟、アイオリアに従う獅子宮の者どもよ!男になれ!よいか、己の武勇のほどを思い起こすのだ!それはアイオリアの名を輝かすためだ!彼こそは聖域勢の船陣にあっても武勇抜群の勇士、それはまた白兵戦を得意とする部下たちも同様であると!さすればシオンも、聖域第一の勇士を重んじなかった己の不明に気付くであろう!」
こう言って一人一人の士気を鼓舞すると、軍勢は一団となって冥府勢に襲いかかり、周りの船は聖域勢の雄叫びに反響して凄まじい音を立てた。
(この辺で終わり)
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