公開を控えている、リドリー・スコット監督の「プロメテウス」。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=341641
「遊星からの物体X」の前日譚と同じく、観たくてたまらなくてジリジリしている作品だ。
で、そのジリジリ感は血圧によくないので、Blu-rayで「エイリアン」を観て、気持ちを落ち着かせているのだが、何十回と見返しているうちに、1979年の夏に劇場で観たことを思い出していた。
誕生日プレゼントとして、双子の子熊の成長を描いたアニメ映画「北極のムーシカミーシカ」と一緒に観たことを覚えているから、極端な見方ではあった。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=2752#1
観た当時と、現在何十回目かの見返しと決定的に違うのは、やはりオープニングのコールドスリープが解けるまでの宇宙船のシーンへの印象だろう。
当時はこれこそが近未来と信じ、現在では全くもって前時代的なものなのだ。
映画「ブレードランナー」もそうだったし、続編の「エイリアン2」もそうだった。スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」以来、SF映画は常に新しくなければいけないという奇妙な切迫感があり、そこからシド・ミードや我が国の空山基のようなデザイナー、イラストレーターが生まれたといってもいい。
未来は外れたらジャンク(ゴミ)なのである。
従って、私はいまだに1979年当時の、エポック社のマイコンベースボールのゲーム機を持っているのだが、とっくの昔に壊れてるし、手にとって眺めてみてもどうしようもない。
しかし。
眺めているうちに、気づくものがある。それは今から見返すと、未来を偏執狂的に意識したようなデザインがレトロ感とはまた違う、いまだに未来を目指し続けているという、奇妙な「現在進行形」を感じるのだ。
それと同じ感覚を、Blu-rayで観る「エイリアン」にも感じた。
明らかに単なる電飾パネルでしかない、マザーと押し問答をするトム・スケリットやシガニー・ウィーバーの姿に、パソコンのモニターとにらめっこする我々の姿以上の新しさを感じるのである。
ああいう感覚は、最新作「プロメテウス」でも多分、もう味わえないものだ。
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