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2011年10月13日19:45

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「聖ジュネ」 Saint Genet 1.

「恥辱は永遠である。それは、なんのなにがしといった明白な人の口にのぼるばかりでなく、わたしを名ざすあらゆる人の口の端にのぼるのである。恥辱は“存在すること”そのことのなかにあり、わたしの存在のなかにある。わたしをながめるすべての眼のなかにわたしは恥辱を発見する。わたしと掛り合いをもつすべての心のなかにあり、わたしの血のなかにもある。いやわたしの顔の上に、光り輝く文字によって記されているのだ。いたるところ、つねに、恥辱はわたしにつきまとう、この世の中でもまた他の世界でも、恥辱はわたし自身だ。そしてわたしを生みだすとともに恥辱をも生みだすのは、神自身である。神こそあの恥ずべき名前を永劫にわたしに与え、あの怒りの角度からわたしを眺めるのである」

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眼も眩むことばが、世界の底からやってきて、見事な秩序を消し去る・・・

それは全くの偶然だった。
山手線に乗っていた時、中学に上がったばかりの私は自分の座っている席から次々と人が立ち上がるのを見た。
夕方の電車で満員電車に近い乗車率だったのだが、その席に座っているのは、私と彼女の二人だけだった・・・
「化け物!!」
声には出さなかったが、読唇に長けた私の目は一人がそう口を動かすのを見た。それから、もう一度彼女を見た。顔は金髪の美少女だったが、手足はダリの絵のように醜悪無残にねじ曲がっていた。典型的なサリドマイドによる奇形だった。
私は彼女とともにしばらく立ちっぱなしの乗客たちを見上げていた。
しばらくして、目白で彼女は黒っぽいワンピースを着た女性が操る車椅子に移って降り、窓ごしに私に微笑みかけた。
そして、上野まで座り続けたが、誰も空いた席に座ろうとしなかった。
私に集中する視線は雄弁なまでに物語っていた。
こいつもあれと同じ化け物なのだ、と。

それはそうかもしれない。

見た目は人間だが、中身は全く違う・・・
実際。
私は教育上、難しい子供だった。
聾学校での訓練を終え、一般の小学校に移る際、私はあっさりコミュニケーション能力ゼロと決めつけられていた。単純に、耳が悪く、会話も出来ないからというのが理由だったが、他の子がそうであっても、私は全く別のやり方でコミュニケーションをとっていたのである。
それは「暗闇ごっこ」だった。

突然、あなたの息子、あるいは娘が半裸、または全裸で、体育館のまんなかで茫然自失していたとしたら、その光景を「会話」のひとつとして受け止められるだろうか?

舞台裏の通路の暗闇に誘い、言葉を交わさず、お互いの身体を触り合う・・・「暗闇ごっこ」は私という人間をよく理解出来るということで、先生、親から善き子供として、憐れな子供である私と仲良くしなさいとけしかけられて素直に従った子供たちは、皆、私と“秘密”を共有した。

女の子たちは上手にキスマークを隠したが、男の子たちの一人は首筋の噛み跡を母親に見つけられ、これまた素直に私につけられたと告白した。

それで私はPTAにやり玉にあげられたのだが、私がいわゆるかわいそうな子供だということで、べたべたしたり、親愛のキスをしあったりするのはしょうがないと多数決でねじ伏せられてしまった。

良心的な大人を演じたい大人たちは、心のうちでは私を殺したがっていただろう・・・

私は笑いたい衝動をおさえるのが大変だった。
見た目で判断する大人たちのなんとまあ、滑稽なことよ!!

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子供よ 歌など歌うな ならず者の恰好をしろ

純潔な光り輝く頸をした若い娘になってくれ

あるいは もしもおまえが恐れないなら 美しい声の子よ

斧がわたしの首を断ち落とす前に わたしのなかで死ね


サリドマイドの奇形の美少女との再会はまさに奇跡だった。

以前、子供会の社会見学で、身体障害者を養育する福祉施設を訪れ、みんながわざとらしく握手するなか、私ははっきりとした性的な意味を持って、お互いの秘部に手を触れ合うという行為に走って、子供会そのものは“出禁”になったのだが、張本人の私だけは立ち入りを許されていた。やり方はともかく、うそのないコミュニケーションが出来るからというのが理由だったらしい。

うそくさい憐れみは、最高の侮辱であり、恥辱なのだ。

私はそれを幼少時からすでに知っていた。
侮辱、恥辱を上書きして、薄っぺらい善を真っ白な壁のなかに塗り込めるのは、純然たる悪だということも知っていた。
即ち、私は人間として本能と欲望のままに突き進むことを我が道と定めたのである。
つまり、性的欲求がすべてだった。

再会したサリドマイドの奇形の美少女は、手足の切除手術を終えていた。奇怪にねじ曲がった手足は根元から切り落とされ、まともな左腕、右足はすらりと美しく伸びていた。

私たちは熱心に文通をして、お互いの心のうちをさらけ出し合った。
それは人間として生きるのが難しいのなら、人間以上の存在になってやろうとする者たちの叫び合いだった。
なぜ、人間以上でなければならぬのか。
私たちが他の人たちと全く違うと言ってみても、それは実は、他の人たちと全く変わりないと言っているに過ぎないからだ。姿形がどうであれ、ただの人間なのだから。

斧がわたしの首を断ち落とす前に わたしのなかで死ね!!


ジュネの詩の一句が私たちの合い言葉であり、愛の誓いであった。

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性的欲求を生きる目的にしていたおかげで、私の初体験は早かった。
小学生の時、高校生の従姉を相手に女を知ったのである。でも女ばかりだとつまらないから、女のような男の子のなかから、女の子の部分を引きずり出して味わってみた。
その果てに、私は奇形から手足のない身体障害者になった美少女を、人間以上の存在に祭り上げて味わおうとしている・・・

そして、私は私の性的欲求が自分にも向けられて、私のうちに女性的なものが生まれてきていることを自覚した・・・

http://25.media.tumblr.com/tumblr_lqbmdraxOB1r0ftqzo1_500.gif

私も暗闇のなかに引きずり込まれる恐怖と恍惚、感覚の絶頂を味わってみたい。

だが、暗闇を恐れるあまり、暗闇を愛してしまった幼児である私には、もはや恐怖というものはなかった。
だから、多くの子供たちが、恐怖と快楽に顔を歪めるのを見て、彼ら、彼女らに見えない闇のなかで、一緒に顔を歪めてみせて感覚を共有しようとしたのだ。

それで満足するには、私はあまりにも未熟で、若かった。
加減というものを知らなかったのだ・・・

愛する少女のひとりは、四十路の今の私にこっそり囁いた。
「セックスってどんな風にしたら気持ちいいの?」
私は即答した・・・
「相手の首を絞めあげてみたまえ、タマは射精時よりも硬く縮み上がり、サオはさらにまっすぐ起立するだろう。それらは君のやわらかい部分を刺激するが、もっと刺激的なのは、相手と恐怖を共有することなんだ。相手の心に蛇のように自分の心を絡み合わせ、二人でひとつの絶頂に突進する瞬間、君はもはや入れたり出したりするだけのセックスには満足しなくなっているだろう」
私の言葉を信じ、早速彼氏の首を両手でぐいと絞めたところ、彼氏はすぐにぐったりしてしまったそうだ。
恐怖に興奮する前に気絶してしまったとのこと。
そんな情けない彼氏は捨てろと言っておいた。

セックス、死、恐怖という三位一体が、思春期の私の生の拠り所だったのだ。

それは我ながら、ものすごく健全だったと思っている。
健全なればこそ、自然と不健全に走るのだから。
また、そうでなければ、少年少女は簡単に悪の誘惑に溺れるだろう。

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