藤十郎(とうじゅうろう)というのは、私の祖父の本名です。
世間では坊さんの名前の方で通ってるものだから、本名を筆名として、江戸時代からの書物、瓦版、新聞などを漁っては怪奇ゴシップのみをスクラップして、来客がある度にそれを見せて反応を喜んでおりました。
祖父の死後、そのスクラップを受け継いだのは私なのですが、いちいち出典先と照らし合わせて詳細を知るという作業がようやく終わりに近づいてきましたので、ここに「藤十郎百怪夜話」と題して、皆様のお目に入れていきたいと思います。
第一回目は、江戸時代のお話で、出典先は「新著聞集」。紀州藩の学者、神谷養勇軒の手による奇談を集めた説話もので、祖父は幼少時からこれを愛読していました。和綴じ本で全十八巻。現在はお寺の方の犬神図書館持ち出し禁止書庫に収められております。
「怪婆」
江戸八丁堀二丁目にねじかねや甚兵衛なる者あり。
某日来客があり、座敷にて甚兵衛が話をしているところへ、怪しき婆現れり。
齢六十半ばにて、こうべに置き手拭いをし、中戸の口から甚兵衛の方を見据え、
「これ甚兵衛迎へに来たぞ、ここへ来よ」と手招きせり。
召使いの者ども驚いて、狂い人として引き立てて外へ追い出さんと。
しかし、同時に主人甚兵衛の具合が急に悪化し、薬よ鍼よと介抱空しくその夜に息絶えり。
怪しい婆が何処の者か遂に知る者出でず。
延宝五年(註:1677年)のことなり。
いわゆる死神ものです。
この私でも、引導を渡す臨終の場に急ぎ呼び出されたことが何度かありますが、死神がそこにいると口走った人は結構少なくないんですよね。
幻覚なのでしょうが、こちらには見えないだけに、気持ちのいい現場ではありません。
でも、今回の奇談のように、大勢が目撃したのは珍しいですし、それだけにただならぬ因縁と因業を感じてしまいます。
ちなみに中国の奇談では、真っ赤な尼僧が二人現れるから、それを打ち殺せと命じられた召使いがさんざん追い回して死ぬ目に合わせましたが、もう少しのところで取り逃がし、結果的に町全体に及んだ火事を完全に消し止めることは出来なかったという話が紹介されていて、何かが人のかたちをとるということに共通点を感じます。
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