「金色のガッシュ!!」の作者である漫画家、雷句誠さんにいろいろとインタビューしてきました
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=523621&media_id=49
オヤジは生前、「あしたのジョー」が大好きで、連載中は続きが待てないあまり、真夜中の講談社に袈裟姿(この格好で行けば話を聞いてもらいやすいと考えたのだそうだ)で乗り込み、カネはいくらでも払うから原稿を読ませてくれと直訴したとのこと。
後になって、かの三島由紀夫も同じように講談社に乗り込んで「あしたのジョー」の続きをいの一番に見たがっていたというエピソードを知った時は、マンガの威力というものを思い知ったものだ。
オヤジは文字通りマンガ狂で、遺産として残したコレクションは「赤銅鈴之介」から「ブラックジャック」に至るまで、その数はブックオフが4トントラック二台で買い付けに来るくらいである。
今でも当寺の土蔵に眠っているけれども、親子二代にわたって読み倒したあまり、保存状態は最悪だ。
しかし、それでこそ、本としては使命感を果たした満足感でいっぱいだろうし、作者も、そして支えた編集者もにっこり笑うであろう。
オヤジは生前、週刊少年チャンピオン編集部に怒鳴り込んだことがある。
飯森広一の「レース鳩0777」の連載終了を早すぎると文句をつけに行ったのだ。
そこで、伝説的な編集長として知られる壁村耐三氏とつかみ合いをし、その後、一緒に飲みに行ったとのこと。
オヤジは鳩小屋をいくつも造って、ツヤのいい鳩を育てるという趣味も持っていたので、あの作品には特別な思い入れがあった。
でも、壁村氏にこう言われて、飲み代を全額負担した。
「あんたもいい鳩を育てるにゃ、長く生かしておく必要はないってこたぁ分かるだろう?オレたちもいい作品づくりのために、作者と一心同体で太く短くやってるんだ!!」
その通りなのである。闘犬、闘鶏、そして競馬もそうで、闘う生き物はすべて「短命」でなければならない。
ロートルになる前に、完全燃焼をめざして真っ白に燃え尽きる。
オヤジはそれで、漫画家以上に、そうやって陰で支えつつ、自分の人生も賭ける編集者を尊敬するようになった。
私は漫画家しか見ていなかったので、オヤジの話を理解出来たのは、ビッグコミックスピリッツで連載されていた土田世紀の「編集王」を読んでからであった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%A8%E9%9B%86%E7%8E%8B
漫画家と編集の関係は、まさしくボクサーとトレーナーなのだ。
「あしたのジョー」の世界なのである。
そうでなければ、名作と呼ばれる作品が生まれるはずがない。
それが。
今回のニュースで、以前からうすうす感じていた、イマドキの編集の心構えがうすっぺらなものになりはててしまったことを実感してしまった。
トレーナーがいい加減で、どうして世界に通用するボクサーが育つんだ!!
雷句先生が訴えることは、作家として至極あたりまえのことである。
プロとしての最低条件とは、言うまでもなく、自分の仕事をどれだけ愛せるかということだ。
しかし、漫画家がいくら愛を叫んでも、担当編集が自分の仕事に愛情を持てないようでは、作品が盛り上がるわけがない。
これから先。
小学館も含めた若い編集者たちは、研修の一環として、ふくしま政美先生の原稿取りを担当すればいいのだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B5%E3%81%8F%E3%81%97%E3%81%BE%E6%94%BF%E7%BE%8E
ガチンコでケンカをふっかけてくる漫画家といかに渡り合うか。
そこで泣いてしまうような編集なら、会社としては淘汰として辞めさせるべきである。
何度でも繰り返そう。
自分の仕事を愛せない輩は、会社からはいらない。
社会からもいらない。
どこかから飛び降りて、ドナーとして五体を分配することだ。
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