幼女殺人 宮崎勤に死刑を執行
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=520276&media_id=2
実に感慨深いニュースである。
事件当時、私は高校生だった。
ミステリ狂だったこともあって、クラスメイトと今田勇子の犯行声明文の「解読」を競い合ったものだ。
クラスメイトは絶対中年女性と譲らなかったが、私は男に決まってるだろと言い張った。
その根拠は、今思うと全然根拠ではないのだが、女はわざわざ筆跡を変えて書かないという偏見だった。
その偏見の裏には、説明しようがない「直感」があって、それを無理矢理説明するためにとってつけたような筆跡説を持ち出したのだった。
クラスメイトは筆跡説にはそうかもしれないと傾きかけたが、私のもうひとつの「直感」には激しい拒否反応を示した。
「今田勇子なるものは、女の子たちを全部ではないだろうけれど、食べたんじゃないか?パリ人肉食事件の佐川みてえに、女の子に対する幻想的なフェティシズムを感じるな・・・」
食べたなんて!!なんてことを言うんだ、キミは!!
後に、逮捕された宮崎勤のあれやこれやが明らかになって、実際に一部を口にしたことが報道されると、クラスメイトはそれこそパニック状態になった。
最初、この報道を知ったのはクラスメイトの妹さんで、兄から私の言動を聞いて知っていた彼女は、飲んでいたお茶を吹き出して、当たったー!!と叫んだのだそうだ。それから、家族そろって、「犯人と同じ心になれる私」とのつきあいについて、会議を開いたとか・・・
いちいち説明するのも面倒くさかったので、マンガ「サイコメトラーEIJI」をあげて、オレはああいう「探魂法」が使えると言ってやった。
ほんとうは、私が人間というものについて、善だけでなく、悪にも強くあるために、他人、そして自らのダークサイドを知り尽くすべきだという信念のもとに、宮崎勤のダークサイドを読み取っただけなのだが・・・
当時の世間は、他人の行状の前に立ちつくして、パニック状態になるだけで、悪はひとくくりにしてしまい、それ自体を深く追求しようという姿勢は微塵もなかった。
その象徴的な映像として、私は今でもワイドショーのコメンテーターの稲川淳二さんが「おまえは人間じゃない!!」と絶叫したことを鮮やかに思い出せる。
人間じゃなければ、宮崎勤は一体何者なのだろうか?
それについて何故、みんなは深く考えようとしない?
考えて何か対策を編み出さなければ、似たような事件はこれから先、いくらでも起こるだろう・・・
実際、酒鬼薔薇事件が起きた時も、世間は相変わらずパニック状態だった。ワイドショーでもほんとうに宮崎勤の時と同じリアクションだった。
それから現在に至るまで。
全く反応は同じである。
そこで私は悟った。
みんな、他人、自らのダークサイドと真っ向から向かい合うのが怖いのだと。
それはそうかもしれない。
誰だって、自分自身もああいう風に人を殺す可能性があると認めたくはないだろう・・・
でも、あえて認めるべきである。
向かい合う勇気を持つべきだ。
そうでなければ、いつまでたっても私たちは何も出来やしない。
私は私なりに学んだ結果として、宮崎勤事件を題材に映画脚本を書いた。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=139906262&owner_id=1640816
みんなも今回のニュースで宮崎勤の記憶を呼び覚まされたのをきっかけに、今一度、「心のありよう」について考えてみるべきだろう。
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