mixiユーザー(id:1640816)

2008年05月11日15:38

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逆に死刑を世界中に広めましょう。

死刑執行 日本に停止を求める
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=483956&media_id=2

そもそも。
死刑が一体何のためにあるのか、廃止に賛同する連中は少しでも考えたことがあるのだろうか?

それだけの罪を犯したということと、罪を自らの死でもって償うという一番分かりやすい、そして最低限のルールに基づいているに他ならない。
むしろ、死刑廃止は、人権重視でも何でもなく、人権をまるごと無視した行為である。

それは先の光市の母子殺人事件における狂想曲を見ても分かりすぎるくらい分かるであろう。

あの元少年は、当たり前の「贖罪」のチャンスを、わけのわからない弁護士の連中によって潰されたのだ。余計な知恵を植え付けられ、死から逃れようと・・・
これまた、元少年の人権を無視した行為でなくて何だというのか?

私はもうずっと以前から、江戸時代の死刑、首打ち、磔、獄門を復活させるべきと言い続けているのだが、これは感情的になって言っているのではなく、現代の首吊りより、はるかに優しい死刑だからである。

まず。

首吊りの、ボタンを押す当時者が分からぬよう、くじ引きみたいに当たり外れのある三つのボタンになっているという現代とは違って、首打ち役人という死刑執行者がちゃんといるということ。
我が国では山田朝右衛門が有名で、小池一夫と小島剛夕のコンビによる「首斬り朝」はフィクションながら、死にのぞんで、これを受け入れるのも人間の誇りなのだということを読ませてくれるので、死刑廃止論に肩入れする者は特に、「必ず読むこと」。

ちなみにフランスでは、サンソン家が有名で、代々死刑執行人のお役目を受け継いでいた。
マンガや映画でおなじみ、黒い覆面に、巨大な斧をふるう大男のイメージが、サンソンの代名詞であったのだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%B3%E5%AE%B6

まあ、誰でも死刑執行人と仲良くなりたくないし、代々世襲制であったのもしょうがないことなのだが、こんな世の中、あえて、世襲制のお役人を復活させるのもいい薬になるはずなのだ。
なぜならば、人間の罪は、同じ人間が裁くのは、人類が誕生して以来「当たり前」のことで、神仏、法律、掟とルールの名目は変われども、死を下す人間は確固とした存在で目の前に立っているべきだからである。

だからこそ、山田家の者も、サンソン家の者も、背負っているものの巨大さを噛み締めつつ、その両脚でもって生涯踏ん張り続けた。
他でもない、目の前の者に「罪を償わせるために」。

そこに、一体、どういう色眼鏡で見たら、人権侵害の四文字が見えるというのだろうか?

そして。
首打ちが優しい死刑である最大の理由がもうひとつある。
それは、首吊り、毒殺、銃殺、電気椅子、ガス中毒のどれよりも、瞬時に死に至らしめる死刑だからである。

四百年も五百年も刑務所で過ごさせるよりは、一瞬の死でもって、生まれ変わってやり直させる方がはるかに、心にも優しいのではないだろうか?

そろそろはっきり言ってしまおう。
人間にはけじめというものが絶対必要である。
そうでなければ、心の方がグダグダになってしまい、ビシッとした社会生活など無理な話だ。

死刑とは最高のけじめなのだ。

けじめをつけさせずに、呆れるほど長い時間をかけて引き延ばすのは、ほんとうに人間のすることではない。
心が腐っている。

死刑廃止論の皆様方よ、てめえら、これ以上世の中を甘やかしてグダグダにするんじゃねえ!!
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