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2008年04月20日20:56

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心を取り戻すために。

今日は檀家の依頼で、登校拒否、引きこもりの中学生の少女と、ドアごしに話をした。
二回目である。
一回目の初対面では、何しろ顔が見えないから、聞き取りにくいのを読唇で補っている私としては、非常に苦労した。
趣味でヴィジュアル系の歌詞を創作しているというので、ドアの下から差し出されたそれを読んで評価しつつ、こちらは私の好きないくつかの詩を紹介しようと、一回目はウィリアム・ブレイクの詩を朗読した。
心を閉ざした少女に、ブレイクの詩は難解だと思うだろうが、私はそうは思わない。
大体、ブレイクを理解しようと読むのは間違った読み方で、詩とは限りなく音楽に近い言葉の響きなのだ。
だから、音楽に身を委ねるように、言葉そのものに身を委ねるのが、正しい詩の鑑賞である。
知る人はご存知の通り、ウィリアム・ブレイクは、トマス・ハリス描く「レッド・ドラゴン」の殺人鬼フランシス・ダラハイドの心を独占したほど、凶暴なまでの美しさを誇る。
だから、私はまずブレイクで彼女に力を与えようとした。
それで、彼女はドアの前から動かず、じっと聞き入ってくれた。

今日、二回目は、さらに彼女の心をわしづかみにしようと、宮澤賢治の「永訣の朝」を選んだ。
妹を失った心境を描いた詩で、方言の意味が分からずとも、聞くだけで泣いてしまう「威力」を持った美しい詩だ。

フォト


けふのうちに
とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
うすあかくいっさう陰惨な雲から
みぞれはびちょびちょふってくる
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
青い蓴菜のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがったてっぽうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
蒼鉛いろの暗い雲から
みぞれはびちょびちょ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになって
わたくしをいっしゃうあかるくするために
こんなさっぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまっすぐにすすんでいくから
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
 銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを・・・
・・・ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまってゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまっしろな二相系をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらっていかう
わたしたちがいっしょにそだってきたあひだ
みなれたちゃわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびゃうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまっしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
(うまれでくるたてこんどはこたにわりやのごとばかりでくるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになって
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

・・・・・・

老婆心ながら、「あめゆじゅとてちてけんじゃ」とは、「あめゆきとってきてください」の意味。
続いて、「Ora Orade Shitori egumo(おら、おらで、しとり、えぐも)」は、「あたしはあたしでひとりで逝きます」。
最後に、「うまれでくるたてこんどはこたにわりやのごとばかりでくるしまなあよにうまれてくる」は、「またひとにうまれてくるときはこんなにじぶんのことばかりでくるしまないようにうまれてきます」。

これは効いたようで、ドアが私の前に、家族の前に開かれるのもそう遠くないだろう。

何よりもまず。

恐ろしさ、美しさ、そして悲しさのあまり泣けるということは、心の感度が高いということで、そういう心を持っていることを自覚したなら、彼女の書く詩はもっと深みが出るだろう。
自己満足のために書くのなら、書いた本人さえも読む必要はないのだが、自己を超越した何かのために書くのなら、それは読むに値する。

輝ける旋律を感じる・・・

ちなみに、彼女は国語が大嫌いだと言うので、こう言ってやった。
「国語が嫌いなのは、おまえさんのせいじゃねえよ、教える野郎が底なしのトンチキなせいだ。今度、ウィリアム・ブレイク、宮澤賢治についてどれだけのことを知ってるか聞いてみな。答えられなかったら、代わりに教えてやんな。教科書通りに教えられるなんて、つまんねえこったぜ。勉強ってのは、自分で学ぶもんだからな、興味を持ったら、何でもどんどん呑み込みなよ」

その通り。
マニュアル以前の働きしか出来ない先生は生かしておく必要はない。
自分が何に興味を持つのかを知ったら、今度はそれに向かって突き進めばいいだけのことだ。

従って。私の三回目の朗読を待つことはない。
明日にでも図書館に行くことだよと言い残して、私は帰った。
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