憧れる運命的な出会いのシチュエーションランキング
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=445895&media_id=45
ロマンティックな出会いというやつは、向こうからやってくるものじゃなくて、自分で作り上げるものだというのが私の考え方です。
ここで取り上げられているような、「運命的」、いわゆる「天の配剤」のシチュエーションでは、私の場合、残念ながら、嫌いなやつとの出会いが多いですね。苦笑。
わけもわからず、一方的に憎まれたり、恨まれたりする・・・
そんな相手と出会った時ほど、運命というものを感じてしまうんですよ。
あなたもそういう経験はないでしょうか?
ない?
なかったら、幸い、心当たりのある方は、お互い肩に手をやって、「やつがおれになんの恨みがあったのか、こんりんざいわからんな」と、お互いの奇怪な体験を語り合いましょう。
私の体験を語る前に、短編小説でこのへんを見事な表現、描写で書き表した作品があります。
今度映画化されたキングの中編「霧」が収録されている、ハヤカワ文庫の「闇の展覧会」に収められた、ノーベル賞作家のアイザック・バシェヴィス・シンガーの「敵」がそれです。
正体不明の悪意を持った男につきまとわれる話ですが、なかなか背筋をゾクゾクさせてくれるものがあります。
是非一読を。
http://ww5.tiki.ne.jp/~go_mad/king/kanren/yaminotenrankai.htm
私の場合は、小学生の頃に、九州は阿蘇山を巡るツアーに参加した時で、東京駅で集合してから、ツアーの間じゅう、そして解散するまで無言で私のことを敵意のこもった目で睨み続けていた中年男と出くわしたことですね。
初対面なのに、まるで親の仇のようにジッと睨んでるんですよ。
同行したおふくろは、気のせいだと取り合ってくれませんでしたが、確実に私のことを敵視していると確信したのは、新幹線のトイレに入ってて、わざわざ私が出てくるのをドアの前で待ってた時でしたね。
あれは、さすがの私もほんとうに心底ゾッとしました。
しかも、空いたトイレに入りもせずに、冷たい水の入ったコップを手に私のことを見続けている・・・
前世というものを考えてしまうくらい、男の正体を色々妄想してしまいましたから、かんじんの阿蘇山がどんなものだったのか、全く覚えていません。苦笑。
で。
一番怖かったのは、解散して、それ以来男と出会うこともなく、大きくなってからも、街中を歩いていて、時々男に似た人物を見かけてしまった瞬間ですね。
つまり、私自身の心にも、男は棲みついてしまったわけで。
それで、アイザック・バシェヴィス・シンガーの短編を読んで、男の正体は私自身の、駅弁の食べ過ぎによる体調不良のせいだと無理矢理納得したわけです。
そんなわけで。
お互い愛し合えるステキな異性と巡り会えるなら願ってもないことですが、嫌いなやつ、つまり敵ほど、超自然的に感じるくらいに目の前に現れてしまうものだと。
オヤジはこう言って、当時の私を慰めてくれました。
「男は外に出りゃあ、七人の敵がいるもんだ。それを何だ、おめえ、たった一人にびびってんじゃねえぞ」
ちゃんと口がきける相手なら、七百人だろうが、七千人だろうが、怖くないんですけれども、わけのわからない相手はやっぱり一人でも怖いもんですよ。苦笑。
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