先日、合唱団の仲間と話していたら、「実は声楽を習っている人が結構いる」という話になった。100人近い団員がいるので、音大の声楽科を出た人や教育学部で音楽を専攻した人がいることは知っていたが、自分のように純粋なアマチュアとして合唱を始め、その後に声楽を習い始めた人も少なくないようで、「あの人も、この人も」と名前が挙がった。
もっとも、地方の狭いエリアでは、発表会やコンクールを通じてそうした情報は否応なく伝わる。好意的に受け止められればいいが、中には「鼻にかけている」と思う人もいるだろう。そこは自分も気をつけている。結局のところ、「習っているんだぞ」と口で言うより、声で存在感を示すしかない。もっとも、それも簡単ではない。下手に自慢めいたことを言えば、「あの程度で」と思われるのが関の山である。
それでも、習っているのといないのとでは、やはり大きな差があると思う。1と2の差は1だが、0と1の差はもっと大きい。もちろん、習っただけで上手くなるわけではないし、マンツーマンでお金を払えば何かが保証されるわけでもない。ただ、一対一で先生の前に立ち、自分の声の癖や欠点を指摘され、できないことを思い知らされながら試行錯誤を重ねる。その経験は独学ではなかなか得られないものだ。
だからといって、習っている人が偉く、習っていない人が劣るという話ではない。むしろ、習えば習うほど、自分の未熟さや難しさを知ることになる。少なくとも自分にとって声楽を習うことは、「上手い人になるため」以上に、「できない自分と向き合う時間を持つこと」なのかもしれない。そこに価値があると思っている。
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