遅刻で二度、強く叱られたことがある。
大学卒業後に金沢へ戻り、先輩たちが結成した男声合唱団「金沢メンネルコール」に入団した。結成から3、4年ほどで、平均年齢は30歳前後だったと思う。すぐにスタッフになった。もちろん下っ端である。
ある日、平日の夕方にスタッフ会議があった。職場は会場から車で30キロほど離れており、仕事を終えて急いで向かったものの、10分遅れてしまった。すると先輩から、
「お前には10分かもしれんが、ここには5人いる。50分の遅刻やぞ」
と、鋭く言われた。言い訳はしなかった。それ以後、遅刻はほとんどしなくなった。
もう一つは、1989年、青年海外協力隊の派遣前訓練の時である。場所は長野県駒ヶ根市。4月から7月までの訓練で、同期は176人。アジア、中近東、南米派遣組で、中国・アフリカ組は広尾訓練所だった。この訓練はかなり厳しかった。特に第一次隊は新卒や若い候補生が多く、軍隊式にも見える集団訓練に戸惑う者も少なくなかった。しかし、自分にはそれほど苦ではなかった。
ところが、ある朝、朝食の時間に遅刻した。食堂では全員が揃ってから「いただきます」をする決まりだった。自分が入口に立った時には、スタッフを含め200人近くがすでに席に着き、待っていた。
自分は入口で立ち止まり、
「候補生○○番、××です。時間に遅れて申し訳ありませんでした」
と大きな声で言い、頭を下げてから席に着いた。今なら「そこまでやる必要があるのか」という意見もあるだろう。実際、集団規律を過度に強調するやり方には、息苦しさや同調圧力の危うさもある。
ただ一方で、「自分の遅れは他人の時間を奪う」という感覚を身体で覚えさせられたのも事実だ。合唱でも、仕事でも、時間に遅れる人はたいてい「自分の10分」として考える。しかし待たされる側には人数分の時間損失が発生している。
もちろん、交通事情や仕事の都合で遅れることはある。人間だから失敗もする。ただ、「遅れて当然」や「これこれだからしょうがない」と言い訳をするようになると、集団では信頼を失う。もう老境に入っているが自戒する。
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