ついに武器の輸出が可能になるというニュースに接し、強い違和感を覚えた。
日本は本来、憲法の前文と第9条によって平和主義を掲げ、国際社会、とりわけ明治以降に侵略を重ねたアジア諸国に対して、明確な意思をもって再出発したはずである。
もちろん、その理念はこれまでにも少しずつ揺らいできた。いわば、なし崩し的に看板が歪められてきたと言ってよい。その都度、反対の世論は存在したが、最終的には数の力によって方向が決まってきた。
そして今、ついに「人を殺すための道具」である武器そのものを輸出する段階に踏み込もうとしている。
誰が得をするのだろうか。これによって財政が好転するのか。巨額の債務を抱える現状が改善されるのか。少なくとも、そうは思えない。
むしろ問われるべきは、倫理の問題である。どのような理屈を積み重ねても、武器が人の命を奪うためのものであるという事実は変わらない。その流通に関わるということは、間接的であれ、その結果に無関係ではいられないということではないか。
では、どのような場合であっても関わるべきではないのか。たとえ他国が侵略を受け、武器がなければ多くの命が奪われる状況であっても、なお関与を拒むべきなのか。
自分は、それでもなお不可だと考える。どのような理由があろうと、人を殺す道具に関わるべきではない。
この考えは、現実の安全保障とは相容れないかもしれない。理想論だと批判されることもあるだろう。それでも、日本が掲げてきた平和主義とは、本来そういう厳しさを伴うものではなかったか。
武器輸出の是非は、単なる政策の問題ではない。国家としてどのような倫理を選び取るのかという、根本的な問いであるように思う。
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