今朝、たまたま倉庫を開けて片付けをしようとしたら、昔の手紙意識が出てきました。たまたま手に取ったものが私が大学生時代に受け取った手紙。
宛名の住所が、鹿児島市紫原7丁目。
懐かしいなぁ。
私が19歳から22歳までの3年間、やーちゃんとお隣さんとして暮らした六反田ちの2階。
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六反田さんのおうち。
夫の実家が車で5分ほどのところにあるので、
お正月の帰省のたびに、夫が車で必ず、六反田さん家の前を通ってくれました。
そのたびに懐かしい思いをしたものです。
どちらも鹿児島で学生時代を過ごしたので思い出の地(ろくでなしとか王将とか)がいろいろあるのです。
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2025年01月02日の日記
「懐かしの寄り道(鹿児島)」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1989126085&owner_id=4792539
いつだったかなぁ・・・
(2年前)
その家が売りに出されていて・・・
六反田さん(大家さん)が施設かどこかに行かれたんだなぁと想像。
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2024年01月06日の日記
「六反田さんちのはなし」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1986707429&owner_id=4792539
このお手紙の差出人は、長崎の母方のおじいちゃんとおばあちゃん。
岸川末芳さん、チエさんです。
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2025年08月13日の日記
「ご先祖様のはなし」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1990510637&owner_id=4792539
末芳おじいちゃんは、本当におだやかで親切で優しくて、誰からも慕われている仏様のような人でした。
めちゃくちゃ人格者だったなぁ。
民生委員を長く務め、町内の盆踊り大会などの行事もとても尽力されていました。
チエおばあちゃんもとても優しかったです。
稲佐小町(いまでいうと、ミス長崎?)と言われていて、おじいちゃんが一目ぼれしたそう
記念に手紙の内容をここに残します。
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明子ちゃんへ
暑い天気が続いて悲鳴を上げていたら、今日は台風11号が鹿児島に上陸して、今度は長崎へ直行して大嵐となった。
いつも台風は鹿児島方面へと、テレビを見るたびに、明子ちゃんところは大丈夫だろうかと気になる
元気で何事にも対処できるように努力してくださいね
例によってお父さんからボーナスをいただいたので、明子ちゃんにもわずかだがお小遣いを同封しました
明子ちゃんも8月になったら長崎へ帰ってくるだろうと思っていたら、アルバイトの関係でお盆の頃になるとの事。
明子ちゃんも頑張っているんですね。
平成元年7月28日
追伸、写真を送ります。
おじいちゃんおばあちゃんより
明子ちゃん、お手紙ありがとう
お手紙に依れば、引っ越し新居の部屋の状況も近所の買い物も便利だそうですが、なんだって完全なものはないから、不満のところも少しは辛抱しましょうね。
学校がちょっと遠くなったとの事だが、バイクで行けば問題ないでしょう。
バイクと言えば交通事故に合わないよう注意しなさいよ。
自分も起こさず他人からもあわされぬように充分気をつけてね。
お父さんの転勤で明子ちゃんだけ残されたようで寂しいだろうと思いますが、友達もできたようで、誰かの名言のように、自分で考え、自分で何でも実行して責任を持ち、絶対に後悔しないような人になってくださいね。
明子ちゃんは決して一人ぼっちではないよ。
長崎からお父さんもお母さんもそれにおじいちゃんもおばあちゃんも遠くから見守っていますよ。
ちゃんと明子ちゃんの写真も飾って毎日見ていますよ。
8月には帰ってくるそうですね。
お会いできるのを待っています。
ではお元気でね。
末芳・チエより
※追記
切手の額面が62円。
時代を感じます。
ちなみに今は封筒110円、ハガキ85円。
年賀状も高いので、来年からやめようかと考え中・・・
郵便番号も5桁だったのですね。
1998年(平成10年)2月2日から現在の「7桁制」に移行したようです。
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