夫の実家は駄菓子屋さん。
利益度外視で子供相手にやってます。
何年やってるんだろう・・・
そうそう、店名の由来はそのとき生まれた娘の名前らしいので、来年50年ってことね。
半世紀だっ!!!
すごい。
別名「ごめんなさい商店」。
出かけるときはお店のガラス戸の鍵をかけて、「ごめんなさい、またきてね」の紙が窓に貼られていて、いつ開いてるかわかんない。
出向いてみて開いてたらラッキーみたいな小店なの。
コロナ禍で帰れないまま年月が経っていたら、
昨年末、お店をやってる義母が手首を骨折し一ヶ月入院しました。
もう、歳ですし(78歳)、運転はやめてね〜ということになり、車を手放したみたいです。
車ナシではお菓子の仕入れにも行けない。
退院後、義母は無理のない範囲でお店を開いているようです。
人と話すのでボケ防止にいいからとのこと。
仕入れは義妹に頼んだりしてるらしい。
このコロナ禍でなかなか鹿児島には行けないまま3年が過ぎました。
今回、無理くりにでも顔を見に帰ってきたのです。
この3年間、鹿児島ではいろいろありました。
お義父さんは畑で倒れて、一命を取り留めるも家に帰ることができずに特養入り。
お義母さんも杖をついて歩くようになり、階段は無理、背中も丸まってかなり骨が弱っているようです。
でもね、びっくりしたのが、まき商店がまだまだ現役だったってこと。
↓
お義母さん、実はタバコの販売店の団体(?!)の支部長なんですって。
ヮ(゚д゚)ォ!
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