これは、無理な注文ですね。
私は、前世を覚えていない。だから、私の来世も今生と連続していない。だから、私が転生しようがしまいが、私が生まれ変わったとはいいがたい。
ビアスが言う通り、デカルトのコギト(我思う、故に我あり)は、成立したところで、私の精神が存在することの証明に他ならない。
もっというと、
Je pense donc je suis.
最初のjeは、 je suis と同じ。
(��think , therefore I amの、最初の�気蓮�I amと同じだということである)
だから、現在の世界の思弁的な証明は挫折している。いわんや来世をや。
また、来世とは何かという問題もあります。
私の骨が墓に入ったとしたら、骨は来世か。そんなことはない。私の現世の死後の骨であり、別の世界に行ったとは言えないから。
では、
私が、別の世界に生まれ変わったとする。
何を以って、別の世界だというのか。。
こういう、挫折する思考や問題というのは、問題そのものではなく、考えていくうちの、周囲の問題の発見に意義があります。
今日は、ある人の医学部二次対策。
「コロナのよかったところ」「憎悪とは何か」を話し。盛り上がりました(笑)
“死後の世界”証明なら多額報酬、億万長者が呼びかけ
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=84&from=diary&id=6389845
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