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2019年09月14日07:02

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天皇主義者と創価学会員は、反対するべきではないのでは? 恩赦の功徳

恩赦が必要なのは、技術的な理由もあります。
たとえば、自分の親を殺す者は、とりわけ不届きな輩だということで、尊属殺人罪というものがあり、死刑か無期懲役でした。

ところが、栃木実父殺し事件という、自分の父親に軟禁されて犯され続け、子どもを産まされたという不幸な女性が、父親殺しで検挙されたとき、「尊属殺人罪は違憲だ」という判決が出て、ナシになりました。
そこで問題となったのは、尊属殺人罪で服役している人です。
個別恩赦という措置が取られました。
つまり、裁判は正しかった。しかし、情況が変ったから、オメエらの罪を少し負けてやるということです。

これは、止むを得ません。
同様に、終戦以降、戦前の治安維持法や陸軍刑法違反で服役している人に対しても、同じ措置が取られました。

今回の恩赦は、天皇の即位に伴うものです。

本文が出てきませんが、古くは荻生徂徠が、将軍の代替わりの恩赦について、
「恩赦されても、罪人が感謝するのは神仏に対してであって、将軍家は感謝されない。」という趣旨のことを述べて反対しています。鋭いですね。「ヘヘッ。神様仏様。前の将軍がくたばったおかげで、島送りから赦免になり、ありがとうござんした。」と。
徂徠は政治を鋭く考えた人で、政体の安定を考えたからそうなったのでしょう。

しかし、政体の安定と、君主の徳は違います。

徳を積ませるために恩赦するというのは、世界各国にありますが、
日本の恩赦の根源にあるものは、放生の功徳です。
たとえば、上田秋成「夢應の鯉魚」の興義が、捕らえた鯉を琵琶湖に放すのが功徳になるという類の佛教の功徳です。

鯉には罪がありませんが、罪人を放しても鯉を放すような功徳に当たるという、この思想の根源にあるものは、『法華経』です。
『法華経』は、日本教といってもいい経典ですが、生きとし生きるものは全て佛性があるという思想がベースになっています。

兇悪な犯人も、仏としての性質がある、いつかは転生して仏になるかもしれない。天皇も生き物だから仏になり得るし、そのために功徳を積む必要がある。だから、代替わりのときに罪人を助けてやってもいいじゃないか。。

そういう論法です。
(本当は『法華経』は、生前に付き合いがあった亡き松山俊太郎らが述べているように、密教だと思いますが、表にあらわれている部分の話です。)

ぼくは、天皇主義者でも創価学会員でもありません。それどころか、「夢應の鯉魚」に関して、『法華経』を批判する論文を書いた人間です。
ですが、天皇主義や法華経主義の人は、今回の恩赦に賛成しても良いと思います。

天皇は、制度として合理的ではないものです。人知を超越したことを信奉するのが天皇主義でしょう。また、『法華経』を護持した、最澄、日蓮などは、決して反天皇主義ではありません。

だから、
むしろ、天皇主義者と思われる人の中に、反対意見が圧倒的に多いことが、ぼくには意外でした。


■即位恩赦、54%が反対=駆け込み消費、「考えぬ」8割−時事世論調査
(時事通信社 - 09月13日 18:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=5787675
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