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2018年10月23日16:13

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ツルゲーネフの恐怖体験。(再録)

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フローベールの家でツルゲーネフと会ったモーパッサンは、彼が若い頃体験した恐怖を聞き、「恐怖」と題した短編で報告している。

「ほんとうに恐ろしいのは、まるで理解できないものだけだ」・・・

ツルゲーネフは若い頃ロシアの森で狩猟をしていた。一日中歩いて夕方ごろ、ある静かな川の岸辺に辿り着いた。
川は木立の下を流れていて、一面に浮き草を浮かべていた。水は深くて、冷たく、そして澄んでいた。突然、この透明な水に飛び込みたいという抗いがたい気持ちにとらわれた。彼は衣服を脱いで、流れのなかに飛び込んだ。彼は背のとても高い、屈強な青年で、また力強く大胆な泳ぎ手でもあった。
草や木の根にそっとかすめられたり、蔓草が軽く肌をなでるのを感じながら、落ち着いて流れに身を任せていた。
と、突然、一本の手が彼の肩に置かれた。
はっとして振り向くと、むさぼるようにこちらを見つめている恐ろしいものを認めた。それは女のようでもあり、雌猿のようでもあった。
大きな皺だらけの顔をしかめて、しかも笑っていた。何とも名付けようもないものが二つ、それは恐らく乳房なのだろうが、それを身体の前にぶら下げていた。そして、日焼けして褐色になった、もじゃもじゃに乱れた髪が顔を包み、背中に垂れて波打っていた。
ツルゲーネフはぞっとするような気味の悪い恐怖、超自然的なものに対する血の凍るような恐怖におそわれた。
深く考えたり、理解したりする余裕もなく、彼は岸の方に夢中になって泳ぎはじめた。しかし、その怪物は彼よりもずっと速く、うれしそうな小さな笑いを洩らしながら、彼の首筋や、背中や、足に触った。恐怖で気も狂いそうになった青年はようやく岸に辿り着くと、衣服や銃を探そうという考えも浮かばず、一目散に森のなかに走り込んだ。
恐るべき怪物は、彼と同じ速さで走り、やはり奇怪な声をあげながら彼を追ってきた。
逃げるツルゲーネフは、もはや力もなくなり、恐怖のために身体がきかなくなって、今にも倒れそうになったが、その時、山羊の番をしていた一人の子供が鞭を持って駆けつけてきた。そして、鞭で怪物を叩きはじめた。すると怪物は苦しそうな声をあげて逃げ出した。ツルゲーネフは怪物が雌のゴリラのように木の茂みのなかに消えるのを見た。
その怪物は、実は三十年も前から、羊飼いたちの施しを受けながら、その森のなかに住んでいる狂女で、毎日、半日をその川で泳いで暮らしているのだった。

ロシアの大作家はこう付け加えた。「一生のうちで、あんなに怖かったことはありません。だって、わたしにはあの怪物が何であるかまるで解らなかったからです」

・・・・・・

モーパッサンの文学の師は、ご存知の通り、フローベールであり、自然主義を語る上では二人とも欠かせない存在である。
自然主義は我が国だと島崎藤村が知られ、そのお堅い書き方からロマンティシズムを漂わせる超自然的なものとは無縁と思われがちだが、実際に人間が感じた恐怖を写実的に語るという点において、超自然的なものは急速にリアリズムを帯びるのである。
その最先端をいったのがモーパッサンであり、彼自身が辿った破滅的な運命そのもの(「オルラ」などに見られるように)が究極の自然主義のかたちであった。

それにしても「猟人日記」で知られるツルゲーネフがこういう目にあっていたとは意外で、我々にある種の感動を与える。
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