※これは、あくまでも俺の独論だから 人の生き方を否定するものではないという上での事だから
そこを承知して読んでね。
俺は、ちゃんと義務教育を受けてきたわけじゃないから 単なる変人と思われても仕方ないと思う。
でも、俺が39年間生きてきた中で感じた事や経験などから書きたいと思う。 俺は、中1の2学期
くらいから勉強についていけなくて成績が悪くなってそこで、無理だーって逃げ出した。その頃は、
とにかく勉強は無理だからという事でゲーセンで好きな事をして没頭してた。その時、今でも付き合いの
ある25年の親友がいる。最初は、ゲーセンという言葉だけで悪いというイメージがあったけど
確かに悪い人間とか居たし 先輩からも、悪い誘いとかはあった。でも、実際自分がゲーセンで
過ごしていると 悪いイメージよりも 自分の居場所ってのが強かったかなー。嫌な事を忘れて
ひたすら、ゲームに集中する。これによって、親友が何時も俺を見ててくれたみたいで 何時の間に
話をするようになっていった。そこから、色んな知り合いとかができて楽しいなーって思ってた。
学校では、ずっと一人で誰とも話す事もなく 辛かったねー。でも、ゲーセンで人生が変わった。
悪い負のイメージを払しょくしてから、良い事が起きるようになった。 こんな俺でも、話をかけて
くれる人がいる 遊んでくれる人がいる ここから固定観念というものが、如何に無駄なのかと
いうことを今実感している。 スーパーでバイトした時も、人が苦手で俺には無理だーって思って
たけど そんな俺が、接客業なんて ある意味すげーって思う。あれだけ、人との関わりを
義務教育で受けていないのにも関わらず できるようになったのって 固定観念を捨てた証拠
でもある。もし固定観念を持っていたら、今の俺は居ないだろう。では、本題に入る。
固定観念は、人の選択肢を減らす悪魔のような言葉だと俺は思っている。人の脳は、宇宙と
同じで無限な可能性を秘めていると俺は思ってる。だから、これができない あれができない
そこで思考を止めないで、どうやったらできるのか?を考える それでも答えが見つからない時は
自然な時の流れに身を任せる事。 人から嫌がらせを受けたりしたら、仕返しをする という
固定観念は持たない事。自分が苦しくなったら、死んだほうがいいという固定観念を持たない事
全てにおいて固定観念は、無駄である。 自由な発想で、自分に責任を持ち 自由に生きるのが
人間だと俺は思ってる。誰が作ったか知らないけど、固定観念は何の役にも立たない事。
自分を信じて、自分なりの考え経験などから どうしたらいいか?という場面になったら 先ずは
誰かに相談してみよう。色んな視点から、アドバイスをしてくれる。それを、自分の中で分析して
これは自分に向いてる考え と思ったらまずは行動してみる。ダメだったら、次の事を考えれば
いい。ただ、犯罪だけはだめだよ。法律は守らないといけない!これは、固定観念ではなく
人間としてのルールだから。一言で言うと、ケースバイケース(時と場所)を考える事。
人には、必ず向いてる事 不向きな事が必ずある。それを、見極める事も大事。
俺は、固定観念という悪魔の囁きは無視して 自分の道というものを歩いて行く!
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