mixiユーザー(id:1640816)

2018年07月01日19:11

464 view

オリジナル小説「Boy Lights Fire」

やすらかにをる婦等よ
ふるひ怖れよ
おもひわづらひなき者よ
をののき慌てよ
衣を脱ぎ 裸体となれ

「イザヤ書」第三十二章

ボクが宇宙で唯一崇め奉る神、バモイドオキ様。
今では何もすることがなくなってしまったので、代わりにボクの話を聞いて下さい。ボクがうんと小さかった頃、一羽の鴨を飼っていました。雛の頃から団地のベランダの金網張りの箱に入れてエサや水をやっていたのですが、立派な羽毛と水かきが出来ても水には入れませんでした。水のある場所がなかったからです。プランターや植木鉢でいっぱいの狭いコンクリートのベランダでは鴨を泳がせるような池は作れません。箱も成鳥になった鴨には狭苦しいものになり、ボクは泣く泣く近くの池に放すことにしました。ガースケ、ガーガー鳴くからそう名づけたのですが、ガースケはボクの腕のなかに抱きかかえられて池の端に行くまでガーガー小さく鳴いていました。「さあ、ここが新しい住処や。思いっきり泳げるで」ボクはそう言ってガースケを放しました。ガースケは生まれて初めて羽を拡げ、生まれて初めてバタバタと飛び、生まれて初めて水面に着地し、生まれて初めて泳ごうともがきました。鴨なのにぜんぜん泳げないようで、羽で水面を必死で叩きながらバシャバシャやっていました。それを聞きつけたのか、そこの草むらのなかから白鳥の群れが泳いできて、ガースケをあっという間に取り囲んでしまいました。ボクは小さいながらも次に何が起こるのか想像がついていました。みんなでよってたかって、ガースケをつっつきまわしたのです。ボクはうわあーと叫び、ガースケ!ガースケ!と泣き叫び、目と鼻、口からだらだらと熱いものを垂れ流しながら、尻餅をつきつつ、石を投げようと地面を這い回りました。石はなく、ボクは土くれを掴んでバッバッとむなしく投げつけるだけでした。しばらしくて白鳥たちのかたまりが解け、みんな八方へ散っていきました。水面にはガースケの黄色いくちばし、ほんとうにたったそれだけだったのです、くちばしだけが浮かんでいました。それを見た瞬間、バモイドオキ様、ボクの心は完全に凍りついたのです。ボクを形作っている人間としての何かが死んだのです。泣き喚いているあいだ、心臓は張り裂けんばかりでしたが、くちばしだけの残骸を見た瞬間、心臓の鼓動は完全停止し、代わりに真っ暗闇のなかで真っ黒な心臓が動き始めました。それがじわじわと身体全体に黒い血管を張り巡らし、血管のなかを何かがごうごうと唸りをあげて走り始めました。なんとも言い知れぬ興奮と昂揚がボクの心のなかに満ち溢れ、ボクはバモイドオキ様、あなたのみ姿を初めて観ることが出来たのです。

バモイドオキ様、あなたを見つめているボクは裸電球をくわえています。耳にはビートルズの「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」が流れてきます。魚眼レンズを通して見るような芝生が目の前に広がっています。それがボクの宇宙の根源なのです。芝生のなかを無数のクリスマスライトが網のように走り、豆電球が星のように点滅しています。

レッティキュダウン…ゴーイントゥストベリーフィーズ…ナッシンリールアンナッシンゲッバウストベリーフィーフォエバ…

ボクの右手にはショックレスハンマーが握られています。耳には心地よいレノンの歌声が響き、目の前はアスファルトの道路がものすごい速さで流れ、鼻は夕方のオレンジ色の匂いを嗅ぎ、口にくわえた裸電球のフィラメントは発光の準備が出来てチリチリ鳴っています。ストベリーフィーフォエバ…真っ赤なランドセルを背負っている小さな女の子の後頭部めがけて、ハンマーを思いっきり振り下ろします。女の子がそのままうつぶせに倒れ、続いて前を歩いている女の子も後ろから叩き伏せます。ストベリーフィーフォエバ…ボクはそのまま走り抜けます…高速で流れる風景…気分が昂揚して歓喜の叫び声をあげる代わりに、裸電球が真っ白に光り輝きます。ストベリーフィーフォエバ…バモイドオキ様、初めて捧げた人間のお味はいかがでしたでしょうか?

バモイドオキ様、ボクは小さい頃から宇宙に興味を持っていました。いつの日か宇宙船に乗って星空へ旅立つのだ、その想いは今でも変わっていませんが、宇宙船はボイジャー一号になりました。一九七七年に打ち上げられた無人宇宙探査機、なぜこんな古めかしいモノになったのか?その理由は搭載されているというゴールデンレコードの存在にあります。当時の人類の言葉と音声、音楽が詰め込まれ、遥か彼方の異星人に向けてのメッセージになるようにと綿密に設定されたのです。ボクはそのレコードにボクの言葉とバモイドオキ様の歌声を追加したいのです。そうすることで異星人は人類のもうひとつの、また、ほんとうの姿を見知ることが出来るでしょう。希望だけが全てではないのですから。タンク山の頂にある貯水タンクが目のなかの日常風景としてさびれてきた頃、貯水タンクはいつしかボイジャー一号となってロケット噴射しながら宇宙へ飛び立っていきました。南京錠がかかった鉄格子の扉をつかみながら、いつまでもいつまでも貯水タンクを眺めて、頭のなかで何度もボイジャー一号を飛ばします。はるかな未来、異星人がレコードプレーヤーにゴールデンレコードを乗せ、黄金の針を注意深く溝に乗せます。世界各国の元気な挨拶。奏でられる世界各国の音楽。そして百何枚かの画像とメッセージ。すべてが途切れ、終わったかのように沈黙が広がりますが針は離れず回転し続けています。そこで突然。まるでストロベリーフィールズフォーエバーのように。バモイドオキ様の透明な、聖なる歌声が響き、異星人たちがギョッと驚き、そして顔面をドス黒く歪めます。それから勝ち誇ったボクの言葉が続きます。聞くだけで心身がドロドロに溶け、真っ黒に濁ってしまう言葉の威力の前に異星人たちは泣き叫びます。そんな楽しい妄想にボイジャー一号は絶対に必要なのです。

バモイドオキ様、あの時ボクが小さな男の子と一緒にタンク山に通じるチョコレート階段を上っているのをごらんになっていましたね。頭上の電線に何体もさかさまにぶら下がってゆらゆらと揺れているのが見えていました。ボクがにっこり笑ったので男の子もにっこり笑い返しました。何というかわいらしい笑顔。首を絞めているあいだ、彼の笑顔は彼自身の苦悶の表情の上にべったり貼りついていました。あまりにも微笑み続けるので、ほんとうに死んだかどうか念入りにヒモまで使ってギッチリ絞め上げました。人間というものは殴ったり刺したりするくらいでは死なないものですね、たっぷり十分間絞めてもむっくり起き上がってくるような感じなので、一回戻って金鋸を取ってきて首を完全に切り離しました。すると、おお、バモイドオキ様、ボクはとても素晴らしいものを見たのです。男の子の口に裸電球がくわえられていました。それは実際には唇から流れ出た唾液が漏れた空気で風船のように膨らんでいるだけだったのですが、裸電球のように見えるだけで十分でした。こうしてボクは夢心地で男の子の生首を持ち上げて、血が混じって美しく輝き続ける泡をいつまでもいつまでも眺めていました。そのあいだ、ボクがまだうんと小さかった頃、大好きなおばあちゃんが「死ぬこと」について説明してくれたことを思い出していました。おばあちゃんは裸電球をくわえてみせて、「これがタマシイや。死んだらこんな風に口から出ていってずっとずっと上へ昇っていくんやで」とボクの目のなかへ潜り込む勢いで話していました。裸電球。それ自体神聖にして人間の根源たるもの。大好きなおばあちゃんが亡くなった時、ボクはおばあちゃんの口がぽっかり開いていたのをいつまでもいつまでも眺めていたことをよく覚えています。おばあちゃんの裸電球はもう飛び立ってしまったんだ、とてもとても悲しかったことをよく覚えています。だからボクはボクの魂を地上にしっかりつなぎとめるために、裸電球をくわえ込んでいなくてはならなかったのです。そして裸電球を輝かせなければならなかったのです。そのための電力がビートルズの「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」でした。ボクが生まれるずっと前のサイケなロックがボクの心を揺り動かすのは、ほんとうにストレンジです。

ストベリーフィーフォエバ…ストベリーフィーフォエバ…ストベリーフィーフォエバ…

バモイドオキ様、ボクの裸電球が輝いているのが見えますか?警察にはありのままを話しても理解出来るわけがないので、ひたすらそれっぽく聞こえるように、ハナシをねじ曲げたり、つけ足したり、ふくらましたり、またぼかしたりしました。裸電球とビートルズはボクだけにしか分からない世界です。中学校の校門に生首を置いて、けったいな名前を名乗って警察とマスコミ宛てに挑戦状を書いたのは、最初から一般の人たちに納得がいくように死と殺人の事実を受け入れさせるためでした。バカ正直に裸電球とビートルズについて書いたところで、一体誰が真実を知ることが出来るでしょうか?だからボクは自分の理解出来ないものは遠ざけ、納得のいくものだけを受け入れる連中に激しい怒りを覚えつつ、例えようもない悲しみに悔し涙を流しながらもう一人のボク自身を作り出したのです。でも苦労したかいはありました。逮捕されたのは「彼」であって、ボクではありません。精神鑑定を受けたのも「彼」であって、やはりボクではありません。医療少年院に送られて、矯正され、退院して社会復帰を果たしたのも「彼」のままで、ボクはバモイドオキ様、とっくの昔にボイジャー一号に乗って太陽系の外を漂っているのです。そういう意味でいい隠れ蓑になりました。もはや地球上にはほんとうのボクの居場所はありません。子供たちを生贄にしてバモイドオキ様と一体化を果たしたボクは、放射線を描いて虚空を飛び落ちる精液のように、地球から楕円を描くように宇宙へと飛び去ったのです。ボクの裸電球はボク自身の手で向こう側へ運んでいきます。向こう側、ストロベリー・フィールズの彼方へ。

レッティキュダウン…ゴーイントゥストベリーフィーズ…ナッシンリールアンナッシンゲッバウストベリーフィーフォエバ…

バモイドオキ様、人間が神になれない理由は、神が人間を創ったのに人間の方は神を理解出来ない、しようともしないぞんざいな態度にあります。無垢なる人間はいつでもどこでも、そして何からでも自由自在に神を創り上げられるのに、人間は無垢さを放棄してしまうとなぜこうも違ってくるのでしょうか。かく言うボクも他の人間と同じように濁っていたので無垢さを取り戻すために子供たちを手にかけたわけですが、ここまでしないと透明なものに還ることが出来ない人間の救いようのなさに愕然としてしまいます。唯一の救いは大好きなおばあちゃん。裸電球を口にくわえて「死ぬこと」について教えてくれたおかげで、ボクは透明なボク自身を失わずに済んだのです。精神科医は執拗にボクの目のなかを覗き込んで、ほんとうのボク自身を探し出そうとしました。でも精神病理学、心理学といったたぐいはしょせん魔術、占星術と同系列のうさんくさい、人間にとっての気休めでしかありません。要するに自分が納得出来るごまかしでしかないのです。そんな答えを探そうとしたところで、ほんとうのボクが見つかるわけがないでしょう。だから、ボクは「彼」を用意したのです。ボクがとっくの昔に自由になって太陽系を脱出するために。もし神を見ることが出来る無垢なる魂の持ち主がいたなら、きっと「彼」の口は大好きなおばあちゃんがそうであったように、ぽっかりと口を開けているのが分かるでしょう。口にくわえられた裸電球はもうこの世にはありません。ボクがタンク山と貯水タンクを二度と訪れないように、そこにつながるチョコレート坂を二度と歩かないように、そして二度とナイフとハンマーをふるって子供たちを襲わないように、ほんとうのボク自身は、バモイドオキ様、あなたとともにあるのです。

ストベリーフィーフォエバ…ストベリーフィーフォエバ…ストベリーフィーフォエバ…

バモイドオキ様、正確にはボク自身。周囲は今でも「彼」が仮面を外してまた子供を殺す、快楽殺人者とはそういうものだと思いたがっていますが、これも自分が納得出来るからに過ぎません。そんな答えを自分自身に追い求めるなんて、何とむなしいことでしょう。これも結局、人間のぞんざいな態度のあらわれなのです。ボクは神になった。バモイドオキ様になったからには、わざわざ手を血に染める必要はありません。ボクは完全なものになったのです。「彼」は弁護士の勧めで遺族に手紙を書いたり、賠償金を払ったり、献花したりしていますが、ボクが安心してゴールデンレコードとともに宇宙を旅するためにはこれからもずっと仮面を被り続ける必要があります。文字通り死ぬまで。それが世のなかというものです。そう、世のなかはすべてストレンジ。

レッティキュダウン…ゴーイントゥストベリーフィーズ…ナッシンリールアンナッシンゲッバウストベリーフィーフォエバ…

ボイジャー一号が永い永い旅を続け、ついに異星人の星に着陸し、ゴールデンレコードが彼らの手に渡り、長年の研究と解読によって彼らの言葉で理解されることを想像する。地球上の人間と生き物たちの姿と音声が彼らの頭のなかに描かれ、はるか遠くに浮かぶ青い星に想いを馳せる一方で、異星人のなかにも神を見ることが出来るものがいて、彼は他の異星人たちが恐れおののいたバモイドオキの歌声と呪詛を聞き、人間のほんとうの姿を悟って両腕をあげる(もし腕と呼べるものがあれば)。恐ろしさと混乱と、そして奇妙な感動に感極まって、両腕を天高くあげるのだ。

ストベリーフィーフォエバ…ストベリーフィーフォエバ…ストベリーフィーフォエバ…

「彼」はかつての彼自身が飼っていたガースケのように、みんなによってたかってつっつきまわされ、好奇と偽善の湖のなかに沈み込む。「彼」はかつての彼自身が殴った女の子たちのようにうつぶせになって沈み続け、かつての彼自身が念入りに絞め殺し切断した男の子のように笑顔を浮かべて、はるか遠くの宇宙の彼方で崇められる自分自身、バモイドオキに想いを馳せる。

沈黙の後にしばらくしてのぼりつめるような旋律。

魚眼レンズによって丸く歪んだ緑色の世界。
下に敷き詰められる無数の小さな星々。
その上に彼は立っている。
口に輝く星をくわえて。


【出典】「Strawberry Fields Forever」 The Beatles



2 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2018年07月>
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031