ヒットラーは、無知ですし、病気ですね。
たとえば、日本のことは、
ヨーロッパが手を引いたら、石器時代に戻るだろう
としています。
当時ですら、北里柴三郎のような、一流の学者は日本に多くいました。
ドイツに留学してコッホに学ばなければ、北里は業績を挙げられなかったでしょうが、
そのコッホにしても、人から勉強を教わって業績を挙げたのであり、
誰にも学ばず、座禅のようなことをして、個人的なひらめきで結核菌を見つけたのではありません。
しかも、コッホらが学んだ学問、たとえば数学は、イスラム圏で発達した部分が大きいです。
人文科学について言えば、
まあ、私にいわせれば、証明主義に毒された、コギト以来の西洋哲学はみるべきものがないし、こういう人は、道元や白隠を理解できないでしょう。
ヘーゲルやマルクスも同じです。
マルクスはユダヤ系とされていますが、アーリア人の血が混じっていて、プロテスタントに改宗しています。
ヒットラーは、アーリア人が優秀だという説を述べていますが、結局、ドイツ観念論とその流れが何を産んだか、どういうものだったかを冷静に振り返るだけの知的な能力がない人でしょう。
恐ろしいのは、再版された「我が闘争」を読む人は、無知な大衆がほとんどだということです。
やはり、勉強は大切です。
勉強すればするほど、「我が闘争」のような本の、一理あるところもインチキなところもわかります。
しかし、ただ勉強するだけではいけません。
ネオナチが再び勃興するやいなやは、ドイツ人の良識というよりも知力が問われています。
この知力は、一般的な知力ではありません。
ハイデッカーのような例もあります。
ぼくはかって、鈴木大拙の、戦争賛成の文を読んだことがあります。
大家だから頭がいいとも、勉強しているとも直ちにはいえません。
人間というのは、跛行的です。
必要とされるもの、ハイデッカーや鈴木大拙に欠けていたものは、
単にあるところが優れているという以上の、総合的な洞察力です。
知的障がいのある方は、しばしば、この力を大変お持ちです。
ヒットラーは、知的障がい者についても無知です。おそらく、会話したこともないでしょうね。
ドイツで再販のヒトラー「わが闘争」、出版元も驚く売れ行き
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=52&from=diary&id=4370335
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