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2016年09月10日01:13

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『河神の誘惑』第18話

『河神の誘惑』第18話

 アケローオス河神は、それからもしげしげと、以前にもまして頻繁にサガのところに通い続けた。彼はもはや自分がサガを愛していることを周囲に隠そうとはしなかった。サガも、すでにアイオロスに知られた以上、彼との仲を秘密にする必要はなかった。合えば互いを抱き締め合い、挨拶にキスを贈った。
 アイオロスとは、あれ以来、サガは会ってない。「もしアイオロスに捨てられたら…」「別れを切り出されたら…」という恐れは常にサガに付きまとい、その不安と恐怖から逃れるため、彼はいっそう河神との関係に依存し、甘えた。彼に愛され、抱き締められ、その癒しの小宇宙に包まれなければ、夜に安眠することさえ出来なくなっていた。河神の来ない夜はアイオロスとの今後を思い悩み、サガは寝付くために強い酒をあおるようになった。
 ところがほとんど一日おきにアテネ市内の事務局を訪ねて来ていたアケローオス河神が、ある時、ぱたりと来なくなったのである。
 すると、サガはさらなる不安に駆られた。アケローオス河神に何か気に触ることをしてしまっただろうか、あるいはもう飽きられてしまったのだろうか、彼にも見捨てられてしまったのだろうか、と、あれこれと考えを巡らし、夜の酒量がさらに増えた。
 河神の不在が五日間続き、そして六日目。
 アケローオス河神が再びひょっこりと事務局を訪ねてきた。
「サガ、元気にしてるか〜?」
 いつものようにのんきで明るい声で、河神が事務局に入ってくる。彼の姿を見た途端、サガの肩からは力が抜け、そして空色の瞳には涙が浮かんだ。
「あ…」
 顔を見るなりぼろぼろと泣き出したサガに、河神がうろたえる。
「ど、どうした、サガ?」
「…だって、アケローオス様…。もう来られないかと…」
 嫌われたかと心配だった、と告げるサガに、河神が苦笑する。
「馬鹿だなぁ…。そんなこと…お前を嫌いになるなど、あるわけなかろう」
「だって…だって、不安で…」
「少し仕事で来られなかったんだ。すまなかったな、娘を使いに出して連絡しておけばよかった」
 そして今日のお土産を彼はサガに手渡した。
「ほら、白桃のババロアだ。皆で食べるといい」
「…はい」
 涙をぬぐい、サガはにっこりと明るく微笑んだ。桃のババロアを秘書官に手渡して切り分けてもらう。事務局勤めの者たちも久々の河神の訪れと季節の菓子を喜び、お茶を入れて休憩していた。
「サガ…少しいいか?」
「はい」
 河神はサガを応接室に連れて行き、そこで二人きりになった。
「はぁ…、サガぁ〜、膝枕してくれ〜」
「…は?」
「膝枕」
 そこのソファで、と河神が指差す。サガが腰を下ろすと、河神はごろりとソファに横になって、彼の両膝の上に頭を乗せた。
「ちょ…アケローオス様、なに…?」
「いや、ちょっと疲れてな…。休ませてくれ」
「……」
 サガは彼の紺青色の髪を撫でながら、そっと癒しの小宇宙を送った。
「ああ〜、癒されるな〜」
「何があったのですか?」
「実はヘラの奴が久々にゼウスと大喧嘩をしてな…。で、『実家に帰られていただきます!』つって、親父の水天宮に戻ってきてたんだわ」
 ゼウスの正妃である女神ヘラは、アケローオス河神の父であるオケアノス神に養育された過去がある。そのため夫のゼウスと夫婦喧嘩をして怒り心頭に達すると、彼女にとっては「実家」にあたる、西の果てにあるオケアノス神の住まいに行ってしまうことがあるのだ。
「それで、ヘラが来たというんで、こっちは接待とかご機嫌伺いを色々とな…。いや、疲れた。精神的に」
「ははぁ…」
 サガは吐息をついた。何となく中間管理職の悲哀をアケローオス河神から感じてしまう。
「ゼウスの奴は、説得してオリンポスに連れ帰せ、とか言ってくれるし…。元はあいつの浮気沙汰が原因だっつーの。自分の妻くらい自分で迎えに来いよ…ったく…」
 とはいっても面と向かってゼウスにそう言うわけにもいかないのが彼の立場なので、弟妹たちとそろってヘラをなだめたり機嫌を取り結んだりしてオリンポスに御帰還を願っていた、というのである。
「大変ですねぇ…」
 神々の社会も気苦労の多いものらしい、とサガは同情した。
「サガ」
 と、河神が名を呼んだ。
「何でしょう?」
「女にならんか?」
「…は?」
 突然の提案に、サガは固まってしまった。
「お前が女に変身して、おっぱいでこうおれの顔をぱふぱふとしてくれたら、疲れが取れる気がする」
「……」
 「馬鹿だ…この人、真正の馬鹿だ」と、サガは思った。確かに神の力をもってすればサガの体を女性に変化させることも出来るのだろうが…普通はそんなことは思い付かない。
 やはりこの人は男より女の体の方が好きなのだなぁと、サガは冗談としてその言葉を受け流した。
 ところがそれは一回きりの冗談では終わらなかったのである。

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