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2016年09月08日04:03

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『河神の誘惑』第16話

『河神の誘惑』第16話

 その夜、カノンは教皇の間の私室にアイオロスを訪ねた。
 サガを寝取られたアイオロスを慰めたり、なだめたりしてやるためではない。そんな気はカノンには全然ない。ただただ、アイオロスの惨めな泣きっ面を肴に楽しく酒を飲むためである。
「…だいたい、アテナも『アケローオス河神を敵に回すな』とおっしゃられてたじゃないか。お前だって『繋ぎ止めろ』とサガに言ったんだろ。サガはその命に従っただけだ。何を怒ることがある?」
「繋ぎ止めろとは言ったが、寝ろとまでは言ってない!」
 やけくそ気味にアイオロスは叫び、バーボンをストレートであおった。
 その言葉に、カノンがかちん!と来た。
「…お前な、おれがラダマンティスと付き合ってた時、何て言ったよ!?」
 まだ女神と冥王との間の休戦協定が有効だったころ、カノンは冥界で激闘を繰り広げた冥界三巨頭の一人、天猛星ワイバーンのラダマンティスと惹かれ合い、恋人関係になった。敵同士、それも互いの界の幹部級である二人の恋愛沙汰は、当然のことながら問題視され、聖域の上層部でもカノンの行いを糾弾する声が噴出した。
 その時、カノンをかばったのがアイオロスだった。彼は、ラダマンティスとカノンが関係を持つことは聖域にとって有利に働く、と周囲を説得したのだ。「冥界三巨頭の一人をカノンの体一つで籠絡できるなら安いものだ」というわけである。そしてカノンに対しても、「ラダマンティスを上手くたぶらかして操れ」と命じたのである。
 結果だけいうと、ラダマンティスはカノンと愛し合ったからと言ってそれで言いなりになってくれるような容易い相手ではなかった。公私の区別ははっきりしており、カノンに冥界の情報を与えたり、聖域に有利になるように冥王に働きかけてくれる、などという真似はしなかった。あるいはラダマンティスもまた、「カノンを利用して冥界に有利になるようにせよ」と同僚や上官から命令されていたのかもしれないが、彼はそれを匂わすことさえもなかった。
 その後、冥界と聖域との休戦協定の更新交渉が決裂した時、カノンとラダマンティスも決別した。二人は、再び聖戦が起きた時には互いの全力を尽くして正々堂々と戦い合い、殺し合おうと誓い合って、別れたのであった。
 カノンにとってラダマンティスは、初めて対等な立場で愛し合った相手だった。サガの影としてではなく、カノン自身を見て、必要としてくれた相手だった。生まれて初めてと言ってもいいその純愛を、アイオロスがハニートラップとして徹底的に政治に利用しようとしたことを、カノンはしつこく根に持っているのだった。
 そして今、サガがアケローオス河神に対して行っていることは、あの頃にアイオロスがカノンに命じたことと同じではないかと、カノンはアイオロスにそう指摘したのだ。
「う…うう…」 
 アイオロスはカノンに反論できず、半泣きになった。その打ちひしがれた顔を見て、「ザマーミロ!」とカノンは心の底から思った。傲慢なほどの自信に満ち、常に己の思うがままに振る舞ってきた射手座のこんな情けない姿を見られる日が来るとは思わなかった。よくぞサガを奪ってくれたと、アケローオス河神には感謝の献杯でもしてやりたいところだ。
「…体だけの関係ならまだ良かった…。まさかサガが相手に心まで残すなんて…」
「だからってお前がサガを怒れた義理かよ。お前、サガとおれの両方と寝てたじゃねぇか!今だって手近な女官を引き込んで性欲処理をしてるだろ!おれが知らないとでも思ってるのか!?」
「…お前はサガの双子の弟、サガの分身のようなものだ。おれはサガの弟であるお前は自分の弟も同然だとも思って…」
「弟だぁ!?じゃあアイオリアとも寝るのかよ、お前は!?」
「…いや、それは…」
 さすがにアイオロスが言葉に詰まる。いくら下半身に節操があるとは言い難い彼でも、血のつながった実の弟と性交渉をする気は起きなかった。
「おれが弟扱いなら、なおさら問題ないだろ!サガの奴は、アケローオス河神を兄を愛するよに愛してる。お前がおれのことを弟を愛するように愛して寝たように、サガはアケローオスのことを兄を愛するように愛して寝る!それでいいじゃねぇか!」
「……」
「少しはアケローオスの奴の心の広さを見習えよ。あいつはサガにお前と別れろなんて一言も言わねぇんだぞ!そりゃあ見事なくらいにな。サガがお前を愛していても構わない、そのサガの心ごと、まるごとあるがままで受け入れるって言うんだ。本当に包容力のある大人だよ、あいつはな。自分は今までやりたい放題にやって来て、サガにばかり貞節を求めてるんじゃねぇよ、このヤリチン野郎が!そんなだからサガに心変わりされるんだよ!サガがアケローオスを愛するようになったのも、心変わりしたのも、全部お前の自業自得だ!」
「…まだサガに心変わりをされたわけじゃないぞ!」
 サガから別れを切り出されたわけではない、サガは自分に心を残しているのだという現実にアイオロスはすがりつき、むきになって反論した。
「ああ、今はまだな。今後はともかく」
「…カノン、お前、冷たいぞ!」
 情け容赦なく傷心をえぐってくるカノンの言い草に、さすがにアイオロスも抗議する。
「お前に優しくしてやる義理はねぇよ」
「カノン〜…」
 じとっと粘着的な目でアイオロスはカノンを睨んだ。視線の奥に欲求不満と劣情が浮かんでいた。サガに瓜二つな容姿をした双子の弟は、「サガの代替品」としての用途を果たしてもらうには最適な相手だった。
「…そんな目で見ても、おれはもうお前に抱かれてやったりはしないからな。体で慰めてほしいんなら、馴染みの女官でも呼べ!」
「うう…」
 こうしてその夜、カノンに説得されるというより、一方的に叱り飛ばされ、罵られながら、アイオロスはやけ酒をあおったのだった。

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