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2016年09月04日03:10

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『河神の誘惑』第12話

『河神の誘惑』第12話

 シャワーを浴び終えたサガは寝室に入った。寝台には河神がいる。サガはごくりと生唾を飲んだ。それでも今さら逃げるわけにもいかず、彼はバスローブを脱いで裸になると、河神の隣に忍び込んだ。
 河神の手が裸のサガを抱き寄せる。サガは瞳を閉じ、処女のようにびくりと緊張で身をすくませた。優しいキスが、サガの額や頬に降り注ぐ。広くて暖かな手が、サガの肩や胸を撫でさする。左胸に刻まれた射手座の印を確かめるかのように、指がゆっくりと何度も入れ墨の上をたどる。
 その後、サガは本格的な愛撫が始まるのを待ったが、河神はいつまでも優しく肩や腕に触れているだけだった。
「あの…アケローオス様…?」
 困惑したサガが瞳を開ける。
「しないのですか…?」
「う…ん…?」
 苦笑した様な河神の顔がサガの間近にあった。
「生贄に捧げられる子羊の様なお前の悲愴な顔を見ていたら、その気が失せた」
「…あの…」
 その返事に困惑し、サガは身を起こした。
 サガは河神を喜ばせなければいけない立場にあるのだ。自分から奉仕し、彼をその気にさせたほうがいいのだろうか。
 だがサガが彼を愛撫しようと手を動かした時、相手がその手を制した。
「…やめよう」
「え?」
 サガの手に河神が口づける。
「愛を強要しても…お互いにつらくなるだけだ。すまなかったな、サガ」
「……」
 そうして河神は改めてサガを抱きしめ、怯えた子供をなだめるかのような手つきで彼の頭や背を撫でた。
「今夜はこうしてお前が腕の中にいてくれればそれでいい」
「…変な方だ」
 彼の腕の中で、思わずサガは呟いた。
 サガが逃げようとすれば追いかけて腕ずくで手折るというのに、自分から手の中に飛び込んでくると途端に引くというのだ。据え膳なのだからさっさと食べてしまえばいいのに、とサガは思うのだが、「料理の盛り付けを見るだけで満足した。食べる必要はない」と言う。それともこれが彼なりの恋の駆け引きなのだろうか…。
 ふふ、と、河神が微笑む。
「…お前がその気になってくれるまで、待つよ。待つ時間だけは…おれには無限にあるからな」
「あなたは…残酷なのか、優しいのか、よく分からないな…」
 だが河神の言葉と態度に安堵したサガは、彼の胸に顔を埋めた。きっと残酷さも優しさも、どちらも彼の本性なのだろうとサガは思う。彼は流域に恵みをもたらす豊穣神であると同時に、洪水で全てを押し流す破壊者でもあるのだ。
「お前はおれのことをどう思ってくれている、サガ?」
 問われ、サガは改めて考えた。
「嫌いでは…ありません…」
 考えながら、サガはぽつぽつと答えた。
「どちらかと言えば好きですけれど…。でも、アイオロスを『愛する』気持ちと、あなたを『好き』だと思う気持ちは、違う…」
 サガは気付いた。
 アイオロスに対している時、サガはいつも彼に嫌われることを恐れ、その意を迎えることに汲々としていた。アイオロスにみっともないところを見せてはいけない。彼に愛されるにふさわしい人間でなくてはいけない。そんな風に気を張っていた。
 でも河神に対しては、アイオロスに対する時のように自分を取り繕ったり格好をつける必要はない。ずっと楽な気持ちで、肩の力を抜いて付き合えるし、わがままを言ったり甘えたりできるのだ。
 常に黄金聖闘士の最年長者として、誰かの面倒を見て、模範として振る舞って、そして仰ぎ見られてきたサガにとって、アケローオス河神は、生まれて初めて得た「自分が年少者として甘えられる年長者」だった。
「こうして…あなたに抱き締められているのは嫌じゃない…。とても気持ち良くて、暖かくて…。肌を触れ合わせていると、あなたの心が私の心に直接伝わってくる…。あなたの愛と小宇宙に包まれて、癒されて…、とても安らぐんです…」
「そうか」
「…もう少しこのままで…、このままの関係で…」
「いいよ、サガ」
 そうして二人は裸で抱き合ったまま何もせず、そのまま一夜を供に過ごしたのだった。

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