http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=87347
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=87398
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=151408
昨日、宵町めめ先生描くヒロインの特色を言い表すのに、ツンデレ、ヤンデレ、クーデレに続く新しいキャラづけとして謎デレという言い方を思いついて悦に入っていたのだが、実は大正ロマンと呼ばれる時代にはゴロゴロしており、特に鈴木清順監督がそういう女性たちを撮っていた。
それで、マミに早速観てもらった。
そのあいだ、私は本棚や貸しコンテナから大正ロマンの関連書籍を漁って持ってきた。
中学生のマミは犬神図書館の影響で、夏目漱石、森鴎外、泉鏡花、谷崎潤一郎、川端康成などと我が国の作家を国語の先生以上に読破しているので、私のいう謎デレをすぐ理解してくれた。
「川端康成の『片腕』みたいな感じでしょう」とマミ。
「そうだね、その通りだ」と私。
「清順監督作品は初めて観ましたけれど、いいですね、ああいう世界・・・好みです。焼いていってもいいですか?」
「うん、生DVDはそこの辞書の下だ」
実は私が大正ロマンそのものを初めて知ったのは、祖父がコレクションしていた明治からの美人画で、そのなかでも鏑木清方の作品が幼少時の私の心の奥に染み渡る何かを与えたものだ。
後、父方の祖母がこういう本を持っていたので、小学校の頃流行った交換ノートによく模写していた。
マンガの方は家庭教師が紹介してくれた山田章博で大正ロマン特有の透明感を知った。「人魚變生」、「BAMBOO HOUSE」。
そして弥生美術館は実は一度も行ったことがない。全部観たことがあるものばかりだし、それ以上に大正ロマンというものは美術館や博物館に収まってしまうと急速に色あせてしまうからだ。小説を読めば挿絵とともに鮮やかに蘇るもの、それが大正ロマンである。
その記憶のはざまに存在し続けるファム・ファタルへの限りない憧憬、それが大正ロマンである。
大正時代の少女について祖父はこう語っている。
「とにかく何もかも耽美へ向かっていたな。生きて化粧、服飾、小道具、大道具にまでこだわり、死んで心中などでいかに美しく死ねるかにこだわっていたんだ」
そのなかで謎めくこと。そのミステリアスな雰囲気は時代を問わず、13年前に生まれたばかりの小娘のマミの乙女心を痺れさせる何かがある。
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