http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=9502
映画「ブレードランナー」がサイバーパンクの誕生に大きな影響を与えたことは周知の事実だが、サイバーパンクそのものが純粋な形で映画化された例は今日に至るまで皆無である。
ウィリアム・ギブスン原作の「記憶屋ジョニイ」を映画化した「JM」は、チャレンジ精神は買うけれども、サイバーパンクというよりは「ブレードランナー」の二番煎じという感じで、それゆえに興行的にも失敗した。
キアヌは後に娯楽に徹したサイバーパンク映画「マトリックス」三部作に主演するのだが、全く皮肉な話である。
確かに映画にする以上、娯楽性がなければ、というのは分かる。しかし観客が今まで体験したことのないような何かを追体験させるのもまた映画なのだ。
「JM」は金メダルをとりにいく露骨な欲を見せさえしなければ、かえって金メダルをとれる可能性はあった。あれだけの俳優陣とヴィジュアル感覚を使って、銅メダルすらもとれなかったというのは、ただもう脚本が悪かった、映画自体の姿勢が間違っていたと言わざるをえない。
従って、映画というよりはプロモーションビデオの感覚で観た。イメージのブツ切り。その方がらしく楽しめる。ビートたけしの事故で変形する前の顔も、無機質的な感じがしていい。
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