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2011年11月13日15:28

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文芸同人誌に向けて。

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小学生の頃、多くの本を読み耽っていた私だが、創作意欲をかき立てさせたのは、当時読んでいた歳月社の「幻想と怪奇」、季刊「NW-SF」、そして澁澤龍彦編集の「血と薔薇」であった。
まず書いたのは、怪談の真似事だったのだが、中学に入ると心理風景にこだわるようになり、とてつもなく暗い、そして救いようのない陰鬱な作品ばかり書くようになった。
これじゃあ、バランスが悪くなるので、高校に入ってからは一般受けするラブロマンを書いてみたのだが、佐川一政と文通する少女の一方的な恋心という内容であった。
でも文章力、自分のスタイルはすでに掴んでいたので、余裕しゃくしゃくで文芸部に寄稿したり、同人誌に参加したりした。

同人誌は三度も失敗したので非常に慎重に選ぶ必要があった。

というのは、私以外の書き手が全員氷室冴子の真似事だったり(コバルト文庫の雰囲気の真っ只中で官能小説を書いていたらさすがに打ち切られた)、やたらとリレー小説にこだわったり(文章力うんぬんより、書き手同士の親睦を図るのがメインという気持ち悪いサークルだった)、自由に書いていいというので永田洋子主演の少女ファンタジーを書いたらムーでの同人紹介を機に問題視されたり(結局打ち切られた)と、その都度、イヤな目にあったので、真面目な文芸同人誌かどうかを確かめてから参加するようになった。

しかし、真面目な「純文学」志向の文芸同人誌が生き残るには難しい時代であった。

同人誌といえば、マンガ、それもマンガのパロディ、それも作者が見たら訴訟ものになりかねないほどきわどいエロパロディ、というのが主流になっていったからである。
実際、私が参加したコミケはまだひとケタの開催であったが、すでに文芸同人誌は私が参加していたところも含めて五つしかなかった。

かくして。

創作は想像力が貧弱なものになり果て、文章力もひどく低下した。

しかし、私自身はただ黙って指をくわえて創作に対する想いをもてあましていたわけではない。地道に書きためていたのである。
ネットが登場してからは、これ幸いと日々の思いを日記に綴ることで、自分の文章力と向き合うことを常とした。
そうやって、書き続けていかなければ、文体というものはすぐに錆びるのだ。
意識がすぐに文章化しないというのは、感覚の喪失そのものである。
この世すべてが「言葉」から産まれた以上は、常に言葉の感覚を磨いておく必要がある。

そういうわけで。
今度の同人活動は、読者をびっくりさせたり、愉しませたりするのはもちろんのこと、私自身の言葉の彫塑そのものになるであろう。私は私自身がそうであるように、読者の脳の一部分が開花するような書き方を心がけているのだから。
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