先日、無事に土蔵を解体し、雪降る本日から別宅建築の工事に着工したのだが、私の心にはたったひとつの懸念がとりついて離れないままだ。
一体の市松人形が行方不明のままなのである。
明治時代のものとされるその人形は供養して下さいとある檀家から手渡されたものだ。本来なら読経しながら燃やしてしまうのだが、いざ、処分してしまおうとすると、決まって人形ケースのなかからいなくなって、忘れた頃にならないと戻ってこない。
最初は、人形好きだった祖母が市川の家に連れて帰ったのかと思ったのだそうだが、祖父は幼かった私に出刃包丁を握りしめながら真っ青な顔を見せるという醜態をさらし、「あいつは夜中に歩き回りやがるんだ」とぽろっとこぼした。
父はそんな祖父と私を怪奇ものの読み過ぎと切り捨てて相手にしなかったが、くだんの市松人形は土蔵の奥深くに仕舞い込んで、それっきり触りもしなかった。
父が死ぬまで確かに怪しいことは起こらなかったが、父が最期を迎えた柳橋病院の看護婦たちのあいだで囁かれる怪談ばなしに、夜中に廊下を市松人形みたいな小さな女の子がさーっと走り抜けていくというのが新たに加わったのを聞くと、私は何が何でもあいつを処分しなければならないと決心した。
それ以来、土蔵の中二階をマイルームに改造しつつ、手元に砕石ハンマー、出刃包丁、銛などを用意し、父が仕舞い込んだ市松人形を探し回った。
しかし、見つかったのは、空の人形ケースだけであった。
そこで私はハンマーで人形ケースを叩き壊し、燃やしてしまった。
そして。
母方の親戚の祈祷師に、「子供の霊が宿ったものは、いたずらっ子になる。いたずらっ子はかまえばかまうほど調子に乗る。あんたのお父さんがそうしたように完全無視を決め込むのがいちばんだよ」と忠告されたが、根っからの負けず嫌いである私は何が何でも追い詰めて処分しなければ気が済まなかった。
夢のなかでは、実に何度も市松人形と死闘を展開した。
ぐっさりと背中に出刃包丁を突き刺し、顔だけがこちらに向かってぐるりと回って、文楽の仕掛けみたいに真っ赤な目と大口をくわっと開いて威嚇してくる・・・
そのうち年月が経ち、すっかり丸くなった私は人形破壊のシミュレーションに飽き飽きし、同時に、人形に対する恐怖感も薄れ、球体関節人形も趣味で作るようになってからは、怪しい気配も薄れ、ときおりカタカタいう足音が補聴器のボリュームをあげる段階で聞こえてきても、私は全く気にならなくなっていた。
そうして、いよいよ解体が始まって、あれだけていねいに荷物を整理したにもかかわらず、ついに発見出来なかった市松人形を思い浮かべながら、屋根瓦から切り崩されるのを見守った。
更地になり。
防空壕の件でお世話になった法科学鑑定研究所のUさんがメタンガスの検査で来て下さり、土蔵の地下、周辺の土壌には死体はもう残っていないという結果を出し、東京大空襲の際、当寺に運び込まれた数十体の焼死体のうち、まだ死にきっていなかったのが柔らかい地面を自ら掘って、なかに潜り込むのを目撃したという檀家の証言は、後日それなりに処理されたのだろうということになった。
「その結果も書き残してもよさそうなもんだけどね、おじいさんは」とUさん。
「いやあ、わざと書かなかったんだと思いますよ、その方が後々効果的だと考えたんじゃないですかね」と私。
「他に気になるのはもうないかな?」
「実は、一体の市松人形が見つからないままなんですよ」
「ひとりでに歩くの?」
「ええ」
「実際に見たの?」
「いいえ」
「なら、気のせいだよ。君らしくもない。確かにああいうのは見てて可愛いとは思えないよね。だからこそ余計な気持ちがこう、幾重にも積み重なって、怪しいものに感じてしまうのさ」
「そうですね」
そうかもしれない。
でも、今でも時々どこかに“いる”と、確かな感じがしてしまうのはどういうわけなのだろう?
ハルとメイ、パイニャン、そしておヒルまでもが廊下の奥にぼんやりした小さな影を時々見かけると口にするからだろうか?
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