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2010年07月13日02:20

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藤十郎百怪夜話 其の五 「王子砲兵工廠妖怪事件」

明治三十九年のこと、小石川の砲兵工廠の一部である雷汞製作部が、王子滝ノ川村に移転した際、その敷地の一隅に小さな稲荷の祠があったのを取り毀し、ついで地ならしをした上、工場の建築にかかろうとした。
すると、そのころ製作所部長の某少佐の夫人が、ある夜の夢枕に、一匹の狐があらわれて、「わが住み処を荒らされ、祠をこわされた怨みは深いぞよ、汝が一族一人のこらず取り殺してくれん」というと見て目が覚めたが、それが一度ならず二夜三夜と続いた上、まもなく最愛の子二人までが急病で死んだので、今は夢とばかりいっていられず、さすがに武勇で名を馳せる少佐も少なからず恐れをなして、早速新たに祠を建て、移転式という名目で大祭を行ったので、一部の人からは迷信少佐などと嬉しからぬ異名をとったが、その後年が変わった二月のころ、ある夜今度は少佐の夢枕に怪しいものがたちあらわれたので、「またしても狐が出たか」とじっとその姿を見つめると、これは狐ではないが親類筋の大狸であった。やがてその狸は、じっと恐ろしい目つきで少佐を眺め、「われこそ、この滝ノ川村に年久しく棲みふりた古狸の五匹のひとつである。汝、さきに狐の祠をひとつこわして、その祟り恐れて祭りまでしながら、何故われを侮るのじゃ。騒がしい工場を建ててわが耳を驚かすばかりでなく、汝の手下の者どもは、わが老友を三匹まで撲殺し狸汁にいたしたとは、言語に絶えたる致し方じゃ、この怨み晴らさいでおくべきか・・・」というと姿は消えた。
この夢報せに再び驚かされた少佐は、早速狸汁の一件の取り調べを開始したが、その調べも判明せぬうち、この砲兵工廠分工場には奇怪なことが引き続いて起こり出した。
ある夜には石の雨がさかんに降ってきた。またある夜には大入道があらわれたり、三つ目小僧があらわれたりするので、一同の恐怖はその極に達し、はては移転問題まで持ち出す者が出るような騒ぎになった。
同時に狸汁の一件は、その後調べの結果、「実は四、五人の者がある日鉄管の中に狸が寝ているのを見つけ、三匹を殺しました」と自首してきたものがあったので、さては夢枕の狸の申条は事実であったかといまさらのように恐れをなしたという。

(東京日日新聞)


祖父がコレクションした妖怪事件のなかでも祖父の大のお気に入りで、その理由が「ちょっと考えれば、人間の仕業なのは明らか」という見本だからなのだそうで、妖怪のしわざに見せかけるために子供を殺したのは頂けないけれど、人間というものはほんとうに脆い生き物であることがよく分かる事件だと言っていた。

私も全く同感で、この事件を軍事施設を追い出す企みと見るならば、似たような事件がすでにイギリス内戦、クロムウェルの時代に起きていたことを思い出す。

「ウッドストックの悪魔(The Devil of Woodstock)」として知られる事件で、記事は以下の通り。

http://everything2.com/title/The+Devil+of+Woodstock

1649年10月13日の金曜日(出来過ぎ!!)、王の残党を一掃すべく議会派のクロムウェルの部下たちはウッドストック離宮に赴いたが、そこでさんざん幽霊とポルターガイストに悩まされ、パニックに陥って逃げ帰ってしまったのであった。
実は教会の前書記のジョゼフ・コリンズ、地元ではファニー・ジョー(おかしなジョー)とあだ名されるイタズラ大好きな男の画策によるものだった。

このあたりは是非、ニール・ジョーダン監督あたりの手で映画化して欲しいものだが、要するに。

祖父が結論づけているように、人間というものは、理性的なものよりも原始的なものを信じ込む性質があるのだ。
それは決して克服のしようがない、生来のものゆえに、我々は自覚した上で一生のあいだ上手に付き合っていかなければならないだろう。

それにしても。
東京日日新聞の記者は、明治の御時世に、狐狸、大入道、天狗つぶて、三つ目小僧などと本気で書いたのだろうか?
多分、東スポと同じで面白可笑しく書いたのだろうが、軍事施設を取り上げている以上は、何割かは事実に基づいていると見なければなるまい。また、事実を覆い隠すためにこんな風に書いたとも考えられるのである。
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