mixiユーザー(id:1640816)

2006年06月06日06:43

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彼方に向かうために、あるいは凝縮されたヴィシャス。

 だけどさ、おれはまだまだやりたいようにやるし、酒も飲みゃあ、うまいもんも食うし、女だって抱くぜ。決まったガールフレンドなんてイヤだね。それにしても、みんななんでお互いを所有したがるんだい?
 おれは多分、二十五歳までにゃ死ぬだろう。だけど、おれは自分で望んだ生き方をしてみせるぜ。

シド・ヴィシャス


最初に、パンクと出会ったのは、セックス・ピストルズだった。だけど、すぐに反りが合わないなと思った。それはピストルズの責任ではない。私にピストルズを紹介したヤク中どものせいだ。俺はシドを愛してる、俺も二十一(シドが死んだ歳)で死ぬんだとLSDとスピードをキメまくっていたあいつら。会った当時、すでに内臓をやられてボロボロだったから、今ではもう廃人か墓の中だろう。実際、刑務所に直行したのもいた。破滅と死に向かって無軌道なまでにメチャクチャをやることがパンクだと勘違いしていたあいつら。シドが結果的に破滅と死へまっしぐらに突き進んだとしても、シドが追い求めていたのは、決して破滅と死そのものではないのだ。あくまでも、音楽による、演奏の彼方に横たわる「新しい世界」へのジャンプだった。古い肉体を脱ぎ捨てて、新しい肉体を得る。そのために、限りなく破壊的な演奏(プレイ)をする必要があった。技術もメロディもクソ食らえ、欲望そのものが音楽となったピストルズ。
そう、破壊的な欲望そのもの。
つまり、肉体的、精神的なそれが音楽に直結したもの。それゆえに、その暴力的なストレートさが、パンクをパンクたらしめていた。
そして。
私はいわゆるパンク・ムーヴメントというものを嫌悪していた。
その理由は、パンクが運動(ムーヴメント)とは正反対の極に位置しているからである。
おまえもパンク好きか、俺もよ、みたいになあなあで群れる性質のものではないのだ。
徹底的に個人的なものなのである。
一時期、トチ狂った連中が、 Punk’s Not Dead!を連呼していたことがあったが、私はパンクなんてもう死んだと切り捨てていた。
濫用されたパンクなんて、もうパンクじゃない。
そのいい例が、サイバー・パンクだ。ウィリアム・ギブスンの「クローム襲撃」(ハヤカワSF文庫)の登場は、その文体に非常に興奮したものだが、ムーヴメントになった途端、映画やマンガなどで濫用されまくって、本来の魅力を失ってしまった。
シドが言っているではないか、みんななんでお互いを所有したがるんだい?と。
外側に向かって何でもかんでも所有したがるやつはブタだ。
重要なのは・・・内側に向かって、あたかも重力崩壊を起こして、自らをブラックホールにするがごとく、凝縮させることなのだ。
そこには、ダルダルな、ヌルい、退屈な世界などありえない。
常に破滅と死と隣り合わせのスリリングな世界だ。
私はそういう世界を愛しつくした結果、「新しい世界」へとジャンプ出来た。
そして、またさらなる彼方へと向かって、走り続ける。
興奮する。

今日はここまで。

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