2010/05/10
「CUBE」「Splice」のヴィンチェンゾ・ナタリ監督がウィリアム・ギブスンのサイバーパンクSF『ニューロマンサー』の映画化を手掛けることが明らかとなった模様。当初は、主演に「スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐」のヘイデン・クリステンセン、監督に「トルク」のジョセフ・カーンの名前が挙がっていた。
「ニューロマンサー」を読んだのは、1986年の7月だった。
当時の私は高校二年生で17歳になったばかりだった。
部活はラグビーと美術だったけれど、カラダとアタマはそれだけでは発散出来ず、ケンカとセックス、読書とレコード漁りに耽る毎日だった。
映画は、アーノルド・シュワルツェネッガーの「コマンドー」、「エイリアン2」、「天空の城ラピュタ」、「トップガン」。
音楽は、安全地帯の「プルシアンブルーの肖像」、聖飢魔�兇痢嶇洪遊舛隆曄廖△�ニャン子クラブの「じゃあね」。
しかし、私は家族や友人とのつきあいでそれらを取り入れても、個人的には、「クリープショー」、「デッドリー・スポーン」、「死霊のえじき」、「ノイバウテン・半分人間」、「エルム街の悪夢」、「ピンクフラミンゴ」、「蜘蛛女のキス」、「南へ走れ、海の道を!」、「未来世紀ブラジル」、「ア・ホーマンス」、「悪魔のいけにえ2」、「ハイランダー悪魔の戦士」に惹かれて一人で観に行っていた。
当時はもちろん、携帯もパソコンもなく、私の脳を通した電脳空間(サイバースペース)は、主にアーケードのゲーム画面だった。
「ファンタジーゾーン」、「アウトラン」、「沙羅曼陀」、「源平討魔伝」、「アルカノイド」・・・
映画のストーリー性とゲーム画面の鮮やかさ、そして「ニューロマンサー」の舞台の千葉シティの近未来のカオスさが、私のなかのサイバーパンクを生々しいものに肉付けしていった。
そして。
文芸部の先輩に請われて、ミニコミ誌にオリジナルのサイバーパンクものを連載することになり、五回に渡って発表した。
「ニューロマンサー」のモリイ・ミリオンズをモデルにして、ソ連のボディ・デバイス計画(人体そのものをコンピューターに接続出来るように改造するというもの)の生き残りで、マンハッタンでハッカーと殺し屋稼業で名を売るロシア人娘を生み出し、私なりの電脳空間(サイバースペース)におけるハードボイルドを模索したのだが、後にサイバーパンクが萌え系に組み込まれてインパクトが急速に失われていくと、私はサイバーパンクに興味を失い、代わりにバラードの「クラッシュ」へ立ち返って、人体と車の危険な融合に想いを馳せ、観る映画はますます血まみれに、音楽はますますノイズ化していった。
そんな私の青春の象徴のひとつでもある、ウィリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」が映画化されるとのこと。
以前から噂を耳にしていたけれど、監督がヴィンチェンゾ・ナタリなら文句のつけようがない。非常に楽しみだが、ちゃんと原作通りに千葉シティと発音してくれれば、千葉県民としては最上の幸せである。笑。
ちなみにこれでギブスン作品の映画化は二度目になる。
最初は「クローム襲撃」(ハヤカワSF文庫)に収録されている「記憶屋ジョニィ」で「JM」がそれだ。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=9502#1
映画は散々な出来で、私も観に行った当時は怒り心頭だったのだが、今思い返すと、映画化するにはまだ早すぎて、ある意味、遅すぎたのだろうと。
サイバーパンクという言葉自体、もはや何のインパクトも持たなくなった今。
ハイテクとローテクが混在したもうひとつの世界は、簡単に手に届くものでありながら、我々は果たしてどれだけ没入(ジャックイン)出来ているのだろうか?
それを再確認するにはいい機会の映画だと思う。
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