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2009年11月23日00:34

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「きちがい病棟の人々」を読む前に。映画「ドグラ・マグラ」。

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http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=86655#1





http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%B0%E3%83%A9

http://www.aozora.gr.jp/cards/000096/files/2093_28841.html

松本俊夫監督による映画「ドグラ・マグラ」を観たのは、一年浪人して無事合格し、あたふたと一年を過ごしたなかでの秋だったと記憶している。
夢野久作の原作は小学六年生の時に読破したが、当然、一回読んだだけではわけがわからず、何度も読み返したものだ。
その時に、横溝正史がエッセイで、こんな歳になっても読み返してみたら危うく首をくくりかけた、そうさせる魔力があの本にあると書いていたのを読んで、そんなにヤバイ本なのかと思ったが、正直、いまひとつピンとこなかった。
他にもたくさんヤバイ本を読んでいたので、感覚的に鈍くなっていたかもしれない。

しかし。

桂枝雀師匠の怪演ぶりが際だつ映画版を観て、「ドグラ・マグラ」に潜むほんとうの危うさを理解した。
ヴィジュアル的にはいささか不満ではあったが(アホダラ経が要約された上、大学の構内でのみ撮影という点が特に)、俳優の生命である「セリフの話しぶり」を落語家としての枝雀師匠が魅力たっぷりに演じきったのは、ひとつの奇跡といってもいい。
今はもう亡いだけに、枝雀師匠のなりきりぶりはほんとうに貴重なのである。

映画以前に、私は桂枝雀師匠の落語を観ていたが、めまぐるしく変わる表情と、あの独特の発音は、最初、饒舌な精神病患者を連想させたものだ。
それだけの尋常ならざるエネルギーがあったということなのだが、落語マニアだったオヤジに言わせると、ホンモノの落語家はいちばん狂いやすい商売なのだと・・・そうすると、枝雀師匠は行き着くところまで行き着いて、さらなるエネルギーの放射のために首をくくってしまったのだろうか?

夢野久作の饒舌さと真っ向から真剣勝負を挑んだ桂枝雀師匠・・・その姿勢には、正気も狂気も飛び越えた、人間のほんとうの可能性、素晴らしさを感じてしまうのだ。

そして、私は「きちがい病棟の人々」でも、そうした人間の秘められた魅力を語っていきたい。
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