http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=87875#1
野村芳太郎監督版「八つ墓村」。
これも小学生の時、新潟は直江津の映画館で従姉たちと観た。
実は、この作品が劇場で観た、人生初の邦画であった。
これまた「サスペリアPART�供廚汎韻犬�トラウマの連発だった。
落ち武者狩りのシーンはエグくって、市川に帰ってから、悪友たちと“再現”したくらい盛り上がった。
日本人はこういうシチュエーションには恋愛もの以上に異常に盛り上がるウェットさがあるということに気付いたものであった。
山崎努演じる田治見要蔵の大殺戮シーンもほんとうにトラウマものだった。後に、実際に起きた事件(津山事件)を元にしたものだと知って、さらにトラウマの傷を広げたものであった。
後、ほんとうの意味で小学生の私の全細胞を“変質”させるほどのトラウマになったのは、鍾乳洞のなかでからみあう萩原健一と小川真由美のシーンだった。
これは従姉の淳子も何かを感じたらしく、私たちは洋服タンスのなかを鍾乳洞に見立てて、お互い抱き合ったものであった。
それからやっと横溝正史の原作を読んで、たたりとは無縁の純然たるミステリーと知って、私はますます日本人のウェットな好みについて苦笑いを浮かべ、亡霊だのオカルトだの魑魅魍魎が跋扈する世界と決別して心のなかの世界が描く摩訶不思議さに没入していったのだが、映画「八つ墓村」は今見返すと、中島みゆきが歌う故郷のイメージそのままを感じるのにはひどく動揺させられる。
♪忘れたふりを装いながらも
靴を脱ぐ場所があけてある ふるさと・・・
(中島みゆき 「異国」より)
そうして。
私は思い出すのだ、悪友たちと「たたりじゃー」を絶叫した昂揚感、従姉と洋服タンスの闇のなかで抱き合った昂奮を・・・
それらはすべて、トラウマとはある種の絶頂感と背中合わせなのではないだろうかと気付かせてくれるのである。
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