mixiユーザー(id:1640816)

2009年09月23日00:16

439 view

牢獄への郷愁を辿る。

私には廃墟マニアの面もあり、廃墟関連の本は確か宮本隆司の写真集「建築の黙示録」からスタートしたと記憶している。
映像面では順を問わず真っ先に思い浮かぶのが、テリー・ギリアム監督の「未来世紀ブラジル」のクライマックスの拷問部屋だ。

フォト


このシーンはどこかの発電所を使ったのだそうで、実にウットリしてしまう。

しかし。

そもそものスタートは何だったのかを考え詰めると。
過去の記憶には、エッシャーが聳え立っているのが見える。

フォト


フォト


こうした視覚トリックのどこが廃墟マニアの心をくすぐったのかというと、

“現実には住めない場所に囚われることの快感”

を思い巡らせることで、その想いが現実世界を侵犯して、廃墟に至ったのだと思う。

さらに。

記憶をもっと掘り下げてみると、私は1974年に発行された歳月社の「幻想と怪奇」(祖父が好きで購読していた)に掲載されていた版画で、ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージの作品を観ていたのだった。

フォト


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BB%E3%83%94%E3%83%A9%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%82%B8

幼少時は、この絵がよく夢に現れて、どこまでいっても外へ出られず、冷たい石畳の上をぺたぺたと彷徨う感覚が奇妙にもリアルに感じられたものだ。

今、あらためて、ピラネージの作品が掲載された「幻想と怪奇」を読むと、記事の冒頭にボルヘスの「不死の人」の一文が引用されていて、実にぴったりだと感心した。
そして、私自身がなにゆえに廃墟に魅せられるのかも要約していると感じた。

“其処には出口の無い廊下、手の届かない高窓、窖か竪抗に通じているきらびやかな扉、段と手摺が下に向いている信じられないような逆さ階段などがいくらでもあった。そのほか、立派な壁の側面に軽やかに付着し、二、三度ばかり螺旋状に回った後、何処にも行き着かずに、高い円蓋の闇の中に消えてしまう階段もあった。私が今数え上げた例の全部が全部、文字通りそうであるかどうかは分からないが、多年、そういうものが私の悪夢の中に跳梁していたことは確かである。あれやこれやの筆の遊びによる描写が、果たして現実を模写したものか、それとも、夜毎私を悩ませたある怪異なものの姿を模写したものか、最早私は知ることが出来ない。私は考えた。この都はあまりにもおぞましく、単にそれが存在し、永続するというだけで、たとえ秘密の砂漠の真ん中にあるとは言え、過去と未来を汚し、場合によっては星々をも危うくするものだ。この都が存在する限り、この世の人間は勇気を持つことも幸福であることも出来ないだろう”

壮大なる想像力の世界に遊び、囚われることの悦楽。
その想像力を忠実に模倣したのが、現在あちこちで錆び付き、荒涼たる姿をさらしている数々の廃墟なのだ。
0 6

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2009年09月>
日 月 火 水 木 金 土
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930