今日は警視庁のおえらいさんである檀家とその家族の相手をして、煩悩についての説法をし、檀家と麻薬について突っ込んだ話をした。
「そういえば」と檀家。「新門さん(私のこと)はオーバードースの経験があるそうですな?」
「そんな大袈裟なもんじゃないですよ、太田胃酸をひと缶飲んだだけですがね・・・」と私。
そこで檀家は明らかに胃のあたりを手でおさえる格好をして、「なんでまたそんな真似を・・・?」
「風邪薬、胃薬といった市販薬を大量に摂取すれば、麻薬と同じ効果が得られるというのを実際に試したんですよ」
「それは知りませんでした・・・!!市販薬でもそれなりに・・・!?」
「ええ。でも、あんなに苦しい思いをして飲み下した割りには、たいして飛べなかったですね。麻薬もたいして飛べないそうですから、要はやっぱり心の問題になってくると思いますね」
註)市販薬の大量摂取については過去日記をご参照あれ。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=72808075&owner_id=1640816
過去日記に書いたような、色々な組み合わせを聞いた檀家は、ただ、ただ苦笑いするだけだったが、依存性がないというのには「二度とやろうと思えるもんじゃないでしょ、そんなの!!」とツッコんできた。
「でも、ノリピーだけでなく、多くのジャンキーは、煩悩に振り回されている・・・依存しまくりなわけでしょう。それはですね、ヤクに溺れるというより、ヤクに溺れる自分自身に依存しているというのが正確なんですよ。だから、なかなかやめられない。売人のいいカモになるのがオチですな」
「そうなると、徹底した麻薬撲滅の方針はやはり、心の修行になるわけですか」
「そうですね。極端なやり方ですと、ジャンキーを独房のなかに放り込んで、そこから自分の意志でヤクをすっかり抜いてしまうことで、精神力を鍛えさせるってのがありますけどね」
「ああ、確か、タイの刑務所で行われていると聞きました」
「強制的にではなく、あくまでも自分の意志でっていうところが、非常に厳しいですよね。刑務官はただ黙って見ているだけ。禁断症状が出て苦しくっても、ヤクはもう二度と手に入らない。そういう状況のなか、唯一の手段は、ヤクをすっかり抜いてしまうしかなくなるわけです。それに・・・」
いつの間にか、手帳を取り出してメモっている檀家を前に、私はニヤッと笑って続けた。
「わざわざヤクに頼らなくっても、人間は限界を超えられるほどにブッ飛べるのです。自分の脳味噌だけで麻薬を精製出来る・・・こんなに超クールなことってありませんよ。これを“ドラッグレス・ドラッガー”といいます。従って、『ヤクに頼るのはカッコ悪い、カッコイイのは脳内麻薬だ』ってえ具合にキャンペーンをぶちかませば、バカな若者にうまく浸透出来ることでしょうね」
「それはちょっと考えなくちゃいけませんが、今までのやり方ではダメだというのは確かですね・・・」
「そうですよ、人間やめますか、なんて、今や誰も骨身に染みませんって。刺激の足りない連中はいつだって刺激を追い求めるものです。だったら、外側に刺激を求めさせることなく、内側に刺激を求めさせるのが犯罪抑制として効果的だと思いますよ」
「新門さんのことだから、より妄想に耽ること、とか言うんでしょう?」
「その通りです。より深く、広く、妄想に漂うこと。溺れることなく、沈むことなく、ただ、漂うこと。そこに脳内麻薬をキメる極意があります。バッチリキメられたら、人生はそれこそ薔薇色に輝くでしょう・・・。ところで」
私は檀家がメモっている手帳を覗き込んで、「私の言ってることをヤクをやっている証拠とするってのはナシですよ?」と微笑んでみせた。
すると、檀家は笑って、「個人的にはもっと早く逮捕すべきだったと思ってますがね・・・でも、新門さんとは長いおつきあいです。新門さんは悪い人でもありますが、それと同じようにいい人でもありますから・・・そのへんのバランスがきっと心の正しいありようなんでしょう。いや、どうも、貴重なご意見をありがとうございました」
煩悩とは、貪(とん)、瞋(しん)、癡(ち)の三毒にあり。
即ち、執着、忘我、無知である。
ヤクに対する執着、
ヤクで我を忘れる、
ヤクの何たるかを知らない、
これらの煩悩を克服するすべを自ら見出そうとしない者は、ヤクに溺れきって、奈落の底に沈むだけだ。
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