お祭りの屋台で好きだった食べ物は何ですか?
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子供の頃から焼きそばが大好きで、子供のくせに味にすごくうるさくなり、浅草と市川を中心にあちこち食べてきたけれども、テキ屋稼業の某一家の親分さんが鉢巻きを締めて自らヘラを操って焼き上げる、太麺の焼きそばは最高だった。
あんまり美味いので、私は家であの味わいを再現しようと、マッド・サイエンティストのように偏執狂的な研究に没頭したものだが、全く同じものは出来なかった。
大きくなってから。
一家は広域暴力団の傘下に入り、親分さんは引退したと聞いたが、ある日、お祭りの縁日で隅っこの目立たないところで焼きそばをやっているのに再会した。
それでも親分さんの焼きそばだとすぐ分かるくらい、キャベツが鉄板の上でソースを浴びて跳ね踊る際の楽しい音楽、芳醇な香り、空きっ腹にズシリとくる熱気・・・それらが私の感覚をわしづかみにし、瞬間移動して「焼きそばひとつ。親分さん、お久しぶり」と口にしていた。
「おお、藤さん(祖父の名前からの呼び名)とこの。おめえはひとつじゃ足りねえだろう、ひとつ分のお代でいいから三つくらい食っとけよ」
「いいんですかい!?いやあ、甘えさせて頂きます」
そうして、もりもり食べているのを親分さんは目を細めて眺めていたが、そのうちほろりほろりと呟くように言ってきた。
「おめえよ、そんなに美味そうに食ってくれるんなら、作り方を教えてやってもいいぜ・・・」
「えっ、ホントに!?」
そして門外不出の、秘伝のレシピを教えてもらったのだが、なるほどコレだったのかと見えぬ目を開かれた思いであった。
そして。
親分さんは今はもう亡い。代わりに、私の料理のレパートリーのなかに、親分さんの焼きそばは生き続けている。
一人ではめったに作らないが、子供たちを前に何かのイベントの時は手作りで仕込み続けているソースを鉄板に豪快にブチまけて、親分さんの教えの通りに作っている。
おまけ>
テキ屋用語で、ニュースのような食べ物系を扱うものを“コミセ”といいます。
二尺三寸の高さの組み立て式販売台に商品を乗せて、啖呵を切りながら口上を述べて売るのが“サンズン”。
植木系は“ハボク”。
寅さんがやってておなじみのバナナ売りは人を多く集めるという意味で、“大締”。
射的系は“ハジキ”。
占い系は“ロクマ”。
ゴザやムシロ、ビニールシートを敷いて、大きめの商品を売るのを“コロビ”。
そして曲芸、大道芸、見世物小屋は“タカモノ”というわけです。
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