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2009年03月03日00:03

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藤十郎百怪夜話 其の三 「神木の祟り」

明治九年八月。

浅草の金竜山浅草寺観音の境内に、北村という汁粉屋があったが、その家の裏手に年古い榎の大木があった。その幹が半ば朽ちて、蛇の巣となっているので、近所の者はそれを宇賀神の神木であると敬うものも多かった。
しかし、蛇はその枝を伝わり、時々北村の庭へ這い出て来るので、家人が気味悪がるところから、北村の主人はその木を伐り落としてしまいたいと思い、近所の修験者に相談すると、「神木のことであるから、やたらに伐り落としては祟りがあるかもしれぬ。一応加持祈祷をした上で伐りなさるがよい」と早速数珠おしもんで祈祷をした後、「もう伐っても差し支えありません」ということなので、主人も喜び、すぐ指図をして思うままに枝を伐り落とさせた。
ところが、その夜から主人は急に発病し、十日あまりも患った後とうとう死んでしまった。
近所の人々は、神木の祟りであると噂しあったという。

「東京日日新聞」


神聖なものに不敬行為を働くと、祟りがある。
現在でも我々の「感覚」に脈打つ「常識」だ。
しかし、祖父は真っ向から疑ってかかった。
実際に神木が憑き殺したというのはどうしても信じられないので、北村の主人が死に至った経緯の真相を解き明かそうと、例の私立探偵と組んで当時の情報収集に没頭して、それらを書きつけたメモを前にじっくり推理した。

その結果。

祖父はこう書いている。
「北村の主人は実直な人間で人気者だったが、妻がてんかん持ちだった。さらに妻の側の父母を引き取って一緒に暮らしていて、この父母が修験道系の新興宗教の信者で、日頃から怪力乱神のたぐいを熱心に語って聞かせていたそうである。
蛇が庭に這い出てくるのを気味悪がったというのは、恐らく妻であろう。
妻が蛇の恐ろしさにてんかんの発作を起こし、それで枝を伐ろうとすると、今度は義理の父母が祟りがある、祟りがあると執拗に繰り返したに相違ない。
こういう板挟みにあると、どんなに心が強くても、神経はすり減っていくものだ。
近所の噂も手伝って、主人の死期は早まっていったのだろう」

今風に言えば、極度のストレスで頓死したというわけである。

それで、祖父は、神仏を敬うのは結構だが、いたずらに信心を凝り固めるべきではないという考えを導き出して、本山からありがたく頂いたという親鸞聖人の書の写しを自ら模写し、本物は焼き捨ててしまったりした。
おまけに、日頃から何かの祠、神木と見ると、無理してでも立ち小便をしてくるようになった。

当時はこんな生臭坊主は祟られまくって明日にもおっ死ぬと陰口を叩かれたようだが、祖父は八十六歳まで生きたから長生きした方である。

祟りという言葉自体がストレスそのものになるということがよく分かる事件だと私は思う。
それはつまり、我々がどれだけ、祟りそのものに敏感、及び腰になるかということだろう。
そこから自分自身を解放するのも修行だと祖父はよく言っていた。

私の住んでいる市川市の本八幡にある、将門ゆかりの八幡の薮知らずは、今はすっかりキレイになってしまったが、私が子供の頃はまだ鬱蒼としていて、長い枝が道路すれすれに伸びていた。
あんなに邪魔なのになんで切らないのかなと不思議に思って、大人に聞いてみると、何か聞いてはいけないことを聞かれたかのような表情をしつつ、低い声で「祟りがあるんだよ、昔、切ってしまった植木職人がいてな、早死にしちゃったんだ」と囁いてきた。
あの時の大人のもったいぶった顔つきは決して忘れない。

私なりに、人間というものは、わざわざストレスになるものをこしらえては、自らをストレスの真っ只中にさらけ出すんだな、ほんとう、バカみたい・・・という結論に行き着いて、今日に至るまでずっと冷笑家の面を持ち続けている。

しかし。
私も祖父にならって、高校生の頃、大手町の将門の首塚にて一晩寝っ転がり、立ち小便をしようとしたが、立ち小便だけはどうしても出来なかった。
してしまったが最後、ほんとうにとりかえしのつかないことになるということを、本能的に感じたのである。
このへんは、果たしてストレスなのかどうかは、今でも分からない。

とにかく、心の持ちようでは、長生きもするし、早死にもするというのは確かだ。
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