mixiユーザー(id:1640816)

2009年02月10日17:02

614 view

死ぬ時ぐらひ美しく死なせてくれたまへ。

踏切内に男女 抱き合い自殺か
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=746245&media_id=4

祖父の遺したスクラップコレクション(明治時代の妖怪事件、大正時代の猟奇事件などゴシップものを好んで集めていた。祖父いわくこういう記事にこそ人間の真実があるとのことだった)のなかに、東京日日新聞の「純潔の香高く 天国に結ぶ恋」という見出しがある。

フォト


いわゆる坂田山心中事件に始まった、「天国に結ぶ恋」ブーム、みんなして哀しい純愛を崇拝するあまり、坂田山を心中スポットとして百人単位で二人の後を追った・・・という熱狂ぶりであったということを記しつつ、祖父は柳橋の可愛がっている芸子と隅田川に入水してみようかと思ったけれど、もっと美しい死に方があるので思いとどまったと書いている。

もっと美しい死に方とは。

みんなに騒がれず、みんなに気づかれず、みんなの記憶に残らず、二人して静かに朽ち果てて、土に還る・・・ということ、と断言している。
二人の純愛が美しく昇華するためには、みんなの下品な想像の餌食にならぬように、誰にも見えないところに永久に姿を隠すべきであるとも書かれてあるのに、私はそりゃそうだよなと相づちを打った。

人に迷惑をかけない死に方とは本来そうあるべきで、いたずらに個人的な問題を公衆の面前にブチまけるのは、本来の心中の美学を穢す行為と知るべきだ。
どんな事情があれ、二人で死のうと決めたからには、電車という安易な方法に頼ることをしないで、深山のなかに深く入るか、深い海の底に沈むという方法に頼るべきだろう。
そうしてこそ、個人的な問題は個人的に完結するのであり、ほんとうの意味で来世で出直せると、私は確信している。
丑の刻参りと同じで、中途で誰かに見られたら、「想い」は果たすことが出来ないのだ。

ただもう、早いとこ苦しみから解放されたいと思うならば、なおさらのことで、誰かに見られたなら、死んでも浮かばれずにその場にずっと留まって永く苦しむということも知っておくべきである。
私は霊の存在は信じないが、そこで誰かが死んだと聞かされたら、突如その場に何かを感じることくらいは出来るので、そういう人たちの記憶に残るという意味で地縛霊となるのだ・・・

これから自分たちも心中しようとするお二人さん、誰かに見られたり、気づかれたりというようなドジを踏まずにうまくやんなさいよ。
そして、世の中に復讐したいからと、わざわざ目立つ場所で決行しようと考えるならば、庶民に迷惑をかけずに政治家のセンセイたちに迷惑をかけておくれ。
つまり、国会議事堂でハデに死んでくれってことさね。
1 5

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2009年02月>
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728