双子の少女の片方がもう片方の胃袋の中で発見される
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=489824&media_id=49
我が国の江戸時代から昭和初期の奇談を集めた文献を見ても、こうした「例」は結構出てますね。
「鬼胎」というのだそうで、やはり、子宮の中でバラバラになったまま生まれてきたり、シャム双生児のバランスが極端になって、背中のコブの中に胎児が成長しないまま入っていたり、みんな無理矢理「因果」と絡めて紹介されていましたが、私はいつだったか、インドで生まれた顔が二つある女の子を見ても分かるように、人間のそうした「現象」は、病気や奇形、また因果とか因業のなすものではなく、生命の混沌という気がします。
昆虫のさなぎの中身が、何の形をもたないスープ状であるように、人間も子宮というさなぎの中で、混沌をさまよい、ちゃんとした形で生まれた我々はかえって「ハズレ」なのではないかという気になっちゃうんですよね。
子宮の中で、バクテリアから猿人までの進化を全部やってのけるというのは、フィクションでもよく知られていますしね。
夢野久作の「ドグラ・マグラ」、日野日出志の「わたしの赤ちゃん」がそうです。
ほんとうに確率の低い「現象」だからこそ、「アタリ」を引いた気分になるのを、何でも因業で説明したがる我が国の悪癖である、マイナスに持って行かず、インドのように神様として崇めるというプラスに持っていくべきですね。
そうでなきゃ、人間としてやっていけませんよ。
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