mixiユーザー(id:1640816)

2008年05月02日22:40

1060 view

セメント樽の中の手紙。

■「蟹工船」再脚光…格差嘆き若者共感、増刷で売り上げ5倍
(読売新聞 - 05月02日 15:13)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=477615&media_id=20

いわゆるプロレタリア文学。
とにかく暗いという印象があって、当時のクラスメイトたちは誰も読まなかったけれども、私は図書室で読んだ。
確かに、「蟹工船」は暗い。暗いけれども、社会の底辺で蠢く人間たちと、海底を這いずり回る蟹の群れのコラボレーションが「詩的」すらあって、中学時代の私は目を開かれるような印象を受けた。

ここで。

小学生の時に漢字と読み書きを覚えたばかりの頃、大量の本を読みあさっていた時、奇妙な読後感を覚えて、ずっと「棘」となって心の奥に刺さったままの短編がある。
葉山嘉樹の「セメント樽の中の手紙」だ。
とても短いので、以下に全文を引用する。


「セメント樽の中の手紙」 葉山嘉樹

 松戸与三はセメントあけをやっていた。外の部分は大して目立たなかったけれど、頭の毛と、鼻の下は、セメントで灰色に蔽われていた。彼は鼻の穴に指を突っ込んで、鉄筋コンクリートのように、鼻毛をしゃちこばらせている、コンクリートを除りたかったのだが一分間に十才ずつ吐き出す、コンクリートミキサーに、間に合わせるためには、とても指を鼻の穴に持って行く間はなかった。
 彼は鼻の穴を気にしながら遂々十一時間、――その間に昼飯と三時休みと二度だけ休みがあったんだが、昼の時は腹の空いてる為めに、も一つはミキサーを掃除していて暇がなかったため、遂々鼻にまで手が届かなかった――の間、鼻を掃除しなかった。彼の鼻は石膏細工の鼻のように硬化したようだった。
 彼が仕舞時分に、ヘトヘトになった手で移した、セメントの樽から小さな木の箱が出た。
「何だろう?」と彼はちょっと不審に思ったが、そんなものに構って居られなかった。彼はシャベルで、セメント桝にセメントを量り込んだ。そして桝から舟へセメントを空けると又すぐその樽を空けにかかった。
「だが待てよ。セメント樽から箱が出るって法はねえぞ」
 彼は小箱を拾って、腹かけの丼の中へ投り込んだ。箱は軽かった。
「軽い処を見ると、金も入っていねえようだな」
 彼は、考える間もなく次の樽を空け、次の桝を量らねばならなかった。
 ミキサーはやがて空廻りを始めた。コンクリがすんで終業時間になった。
 彼は、ミキサーに引いてあるゴムホースの水で、一と先ず顔や手を洗った。そして弁当箱を首に巻きつけて、一杯飲んで食うことを専門に考えながら、彼の長屋へ帰って行った。発電所は八分通り出来上っていた。夕暗に聳える恵那山は真っ白に雪を被っていた。汗ばんだ体は、急に凍えるように冷たさを感じ始めた。彼の通る足下では木曾川の水が白く泡を噛んで、吠えていた。
「チェッ!やり切れねえなあ、嬶は又腹を膨らかしやがったし、……」彼はウヨウヨしている子供のことや、又此寒さを目がけて産れる子供のことや、滅茶苦茶に産む嬶の事を考えると、全くがっかりしてしまった。
「一円九十銭の日当の中から、日に、五十銭の米を二升食われて、九十銭で着たり、住んだり、箆棒奴!どうして飲めるんだい!」
 が、フト彼は丼の中にある小箱の事を思い出した。彼は箱についてるセメントを、ズボンの尻でこすった。
 箱には何にも書いてなかった。そのくせ、頑丈に釘づけしてあった。
「思わせ振りしやがらあ、釘づけなんぞにしやがって」
 彼は石の上へ箱を打っ付けた。が、壊われなかったので、此の世の中でも踏みつぶす気になって、自棄に踏みつけた。
 彼が拾った小箱の中からは、ボロに包んだ紙切れが出た。それにはこう書いてあった。

 ――私はNセメント会社の、セメント袋を縫う女工です。私の恋人は破砕器(クラッシャー)へ石を入れることを仕事にしていました。そして十月の七日の朝、大きな石を入れる時に、その石と一緒に、クラッシャーの中へ嵌りました。
 仲間の人たちは、助け出そうとしましたけれど、水の中へ溺れるように、石の下へ私の恋人は沈んで行きました。そして、石と恋人の体とは砕け合って、赤い細い石になって、ベルトの上へ落ちました。ベルトは粉砕筒へ入って行きました。そこで鋼鉄の弾丸と一緒になって、細く細く、はげしい音に呪いの声を叫びながら、砕かれました。そうして焼かれて、立派にセメントとなりました。
 骨も、肉も、魂も、粉々になりました。私の恋人の一切はセメントになってしまいました。残ったものはこの仕事着のボロ許りです。私は恋人を入れる袋を縫っています。
 私の恋人はセメントになりました。私はその次の日、この手紙を書いて此樽の中へ、そうと仕舞い込みました。
 あなたは労働者ですか、あなたが労働者だったら、私を可哀相だと思って、お返事下さい。
 此樽の中のセメントは何に使われましたでしょうか、私はそれが知りとう御座います。
 私の恋人は幾樽のセメントになったでしょうか、そしてどんなに方々へ使われるのでしょうか。あなたは左官屋さんですか、それとも建築屋さんですか。
 私は私の恋人が、劇場の廊下になったり、大きな邸宅の塀になったりするのを見るに忍びません。ですけれどそれをどうして私に止めることができましょう!あなたが、若し労働者だったら、此セメントを、そんな処に使わないで下さい。
 いいえ、ようございます、どんな処にでも使って下さい。私の恋人は、どんな処に埋められても、その処々によってきっといい事をします。構いませんわ、あの人は気性の確かりした人ですから、きっとそれ相当な働きをしますわ。
 あの人は優しい、いい人でしたわ。そして確かりした男らしい人でしたわ。未だ若うございました。二十六になった許りでした。あの人はどんなに私を可愛がって呉れたか知れませんでした。それだのに、私はあの人に経帷布を着せる代りに、セメント袋を着せているのですわ!あの人は棺に入らないで回転窯の中へ入ってしまいましたわ。
 私はどうして、あの人を送って行きましょう。あの人は西へも東へも、遠くにも近くにも葬られているのですもの。
 あなたが、若し労働者だったら、私にお返事下さいね。その代り、私の恋人の着ていた仕事着の裂を、あなたに上げます。この手紙を包んであるのがそうなのですよ。この裂には石の粉と、あの人の汗とが浸み込んでいるのですよ。あの人が、この裂の仕事着で、どんなに固く私を抱いて呉れたことでしょう。
 お願いですからね。此セメントを使った月日と、それから委しい所書と、どんな場所へ使ったかと、それにあなたのお名前も、御迷惑でなかったら、是非々々お知らせ下さいね。あなたも御用心なさいませ。さようなら。

 松戸与三は、湧きかえるような、子供たちの騒ぎを身の廻りに覚えた。
 彼は手紙の終りにある住所と名前を見ながら、茶碗に注いであった酒をぐっと一息に呻った。
「へべれけに酔っ払いてえなあ。そうして何もかも打ち壊して見てえなあ」と怒鳴った。
「へべれけになって暴れられて堪るもんですか、子供たちをどうします」
 細君がそう云った。
 彼は、細君の大きな腹の中に七人目の子供を見た。

(大正十五年一月)


この一篇を思い返す度に、私もへべれけになって、世の中のすべてを呪いたい気分になったものだ。
しかし、それ以上に、やりきれなさ、切なさが心に迫ってきて、沸騰した血は急速に醒めてしまう。

プロレタリア文学を紹介してくれた国語の先生は、六十年安保で学生運動に参加したアカだった。誇らしげに、小林多喜二を英雄と仰ぎ、こういう文学で社会に変革をもたらそうとしたのだとブッている様は、子供心に見ていて実にみっともなかった。

どう読もうとその人の勝手である。しかし、おのれの「誇大妄想」を子供たちに押しつけるようでは、ほんとうに生かしておく必要はない。

作家とは、純文学にせよ、ファンタジーにせよ、怪奇もの、SFもの、ミステリ、それから今回のプロレタリア文学にせよ、

すべて、

おのれのハラワタをメチャクチャにつかみだして、原稿用紙にぶつけ、血みどろに塗り込めるものだ。
筆先がそうでなかったら、一体どれほど読む価値があるというのか?
そして、書き上がったもので、人々にどう読まれるかは、作家にとってはどうでもいいのだ。

次から次へと叫び続けるだけ。

その叫びに私たちは、共鳴出来るか出来ないかというだけだ・・・

だから、私はずっと共鳴出来るものしか読まなかった。
小林多喜二もそれなりに読ませられたが、葉山嘉樹の方がずっと共鳴出来たのは、一体何故なんだ。
その理由を今日でもずっと追い求め続けている。
0 5

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2008年05月>
日 月 火 水 木 金 土
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031