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2006年08月24日13:31

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何のために殺すか。

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=76335&media_id=2

坂東眞砂子といえば、私にとっては「狗神」である。実はそれしか読んだことがない。私が最も興味を持つ、人間の心の奥底の領域の一環としての、憑き物の犬神についての小説だから読んだのだ。で、さっさと本を捨ててしまった。多分、「魔界水滸伝」の栗本薫以上に、何か生理的な嫌悪感を覚えたからに違いない。何というか・・・作品と作家が一体化している安心感がなくて、言い訳っぽい性格を感じ取ったのだと思う。
その代わり、映画の方はなかなか面白かった。原作者よりも脚本家がいい仕事をしたおかげだろう。
で。
今回のニュースで、コレである。
タヒチに移住しても、性格は相変わらずだなというのが、まず私が思った第一印象であった。そもそも何のために避妊手術をするのか、この人は考え詰めたことがあるのだろうか。「狗神」と全くおなじ、感情が先走った、まさしくホラー同然の行状に、どんな言い訳も説得力を持たない。
じゃあ、私はどうなのかと自問しても、全ては「食べるために殺す」という単純な答えがかえってくる。猿の被害から作物を守るために猿を仕留めたこともあるが、やっぱり食べるためなのである。
もちろん、子供の頃は、愉しみのために蟻んこや蜘蛛を殺したりもしたが、それは「蜘蛛の糸」などで、ほんとうに悪夢にうなされるほど苦しんだ。そのおかげで分別というものを学んだと思っている。

・・・・・・

とにかく、子供のうちは、まだ生命の意味を理解していないから、自ら罪と苦しみを背負って、はじめて意味を理解するというのが自然な流れだと私は思うのだが、わざわざタヒチまで来て、しかもいい歳をして、罪と苦しみを重ね塗りするというのは、一体どういうことなのだろうか。
もしかして、この人は、「狗神」でも感じたことだが、わざわざ苦しむことが好きなのではないのだろうか。
いわゆる業に浸って、あれやこれやと小難しく考えること自体が好きなのでは・・・。
ほとんど、リストカットの心理と同じレベルである。
しかも、自分を傷つけるのではなく、猫を傷つけているのだから、リストカットよりも最悪だ。
私は苦悩したことがない作家は作家ではないと常々思っているのだが、この人の苦悩というのは、単なる高揚のための材料に過ぎない。
恐らく、自分自身のほんとうの心と向き合うこと、心の内奥の「地獄」と真っ向から取っ組み合うことが怖いのだろう。
だから、何の罪もない猫に入れあげているわけだ。
それでは何のために作品を書いているのか分からない。
作品を書くということは、まさしく、何のために自分自身を殺すかということでもあるからだ。
実に不愉快なニュースである。
殺された子猫たちのために合掌。
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