「森の歌」の練習で「すべての場面で、全パートの声の出だしがピアノの打点より遅れている」という文章を読んだ。
しかも、そのズレは「1/30秒」なのだという。1/30秒といえば約0.033秒、33ミリ秒である。条件によっては、人間がこの程度の時間差を知覚すること自体はあり得るらしい。だから「1/30秒なんて人間に分かるはずがない」とまで言うつもりはない。
しかし、合唱とピアノの録音を聴いて、「これは1/30秒遅れている」と判定できるとなると、話はまったく別である。 波形でも調べたのだろうか。調べてもいないのに「1/30秒」と分かるのなら、よほど特殊な聴覚の持ち主なのだろう。逆に、実際には分からないのに「自分には分かる」と思っているのなら、それはそれで少々心配になる。
そもそも、本当に歌がピアノより1/30秒遅れて録音されていたとしても、それだけで「歌い手の反応が遅い」とは言えない。
まず、指揮者とピアノの間にも時間差がある。歌う側は基本的に指揮を見る。指揮者の動きを見て、それに反応して発声する。指揮者の打点、ピアノの打鍵、歌い手の発声が、機械のように完全な同時刻になるわけではない。
さらに、ピアノと人間の声では音の立ち上がり方が違う。ピアノは打鍵した瞬間に明瞭なアタックがある。一方、歌には子音があり、その後に母音が立ち上がる。発声そのものにも時間が必要である。これを単純にピアノの打点と比較して、「歌が遅れている」と言ってよいのか。
さらに録音となれば、マイクの位置も関係する。音速は秒速約343メートルだから、音源から録音機までの距離が違えば、それだけで到達時間に差が生じる。約11メートル違えば、ほぼ1/30秒である。
つまり、「録音を聴いたらピアノより歌が遅れて聞こえた」という話なら、別におかしくない。実際、合唱がピアノに乗り切れず遅れることもある。指揮から後ろへ引っ張ることもある。アタックが甘く、音の立ち上がりがぼやけることもある。そういう演奏上の問題を耳で感じることは普通にあるだろう。
ところが、それをわざわざ「1/30秒」と表現した途端、話がおかしくなる。さらに、
「演奏者の反応速度」
「アンサンブルに対する意識」
「発声におけるアタックの弱さ」
などと原因まで並べている。録音を聴いただけで、そこまで分かるものなのか。「私はこうした細かなズレに人並み外れて敏感」なのだそうだ。しかし、「自分は人並み外れて敏感です」という自己申告は、残念ながら測定の代わりにはならない。
「ピアノに対して歌の出が遅く感じる」そこまでなら、演奏を聴いた人の感想として何の問題もない。だが、「全パートが1/30秒遅れている」と数字を出し、さらにその原因を演奏者の反応速度やアンサンブル意識にまで求めるのであれば、せめてその1/30秒をどうやって測ったのかを示してほしい。
数字というものは便利である。「少し遅れて聞こえる」より「1/30秒遅れている」と書いた方が、いかにも精密に分析したように見える。しかし、根拠のない数字を小数点代わりにくっつけても、分析が精密になるわけではない。
むしろ、そこまで細かい数字を出したことで、話全体の粗さが目立ってしまったように思う。
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