将棋には「形を作る」という作法がある。
昨日行われた第68期王位戦予選、北島忠雄七段と佐藤紳哉七段の対局を見ていた。先手の佐藤七段が111手で勝ったのだが、投了する直前、北島七段は手元の駒台に乗っている駒をきちんと並べ直した。最後の局面を、見苦しくないように整えたのである。
もっとも、「形を作る」という言葉は、そんな所作だけに使うわけではない。むしろ将棋では、投了直前の局面について使われることのほうが多い。もう勝負は決まっている。無駄な王手をしたり、関係のない手を指したりせず、最後は相手に詰みを示してもらえるような形にする。
「ここから先はもう勝負になりません。これなら詰ませられるでしょう」
そんな具合に、最後の一手を相手に委ねる。いわば首を差し出すわけだが、投了する局面を、将棋としてきれいな形にして残すのである。
アマチュアなら、刀折れ矢が尽きるまで指し続け、とうとう指す手がなくなって、「負けた」と駒を盤上に放り出すようなこともある。さすがにプロにはそんなことは……ない、こともないらしい。たまには、そういうエピソードも聞く。
今では、自分は人間相手に将棋を指すことはなく、パソコンでAIと指している。ところがAIには、人間同士のような「形を作る」という発想がない。AIは劣勢でも途中で投了しない。
だから最後は、AIの駒を全部取って、AIが指す手もなくなるところまで指すことがある。まあ、いじめである。
もっとも、中級以上のAIになると、こっちとの差が明らかになり、もう逆転できないと判断すると、途中で投了することもある。そこは賢い。
先週、二人の元同僚の訃報を聞いた。66歳と67歳だった。まだ若い。将棋なら中盤である。だが人生には、持ち時間の表示もなければ、「そろそろ投了です」と教えてくれる人もいない。
気がつけば、自分の番も、それほど遠くないところまで来ているのかもしれない。さて、自分は最後にどうやって形を作ろうか。
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