合唱団の練習が終わり、ドアから出ようとしたところで、ソプラノの年配の女性から真顔で言われた。今回、助っ人として参加されている方で、練習には前々回から参加している。これまで個人的な面識はない。
「いい声ですね」
「いえ、錯覚ですよ」
「そんなことないですよ」
「はは、まあ、水野さんが横ですしね……」
水野さんは、少年合唱団以来、70年近く歌い続けているベースである。今は年齢もあって体調が思わしくなく、昔ほどのパワーはない。それでも、柔らかく厚みのある声でうまい。高校時代から知っているが、石川県の合唱界で、これほどのベースはそうはいないと思っている。
階段を降りながら、さっきの会話を考えていた。
合唱団の練習では、よく「いい声ですね」と言われる。だが、こういうときの返事は難しい。「そうですか。ありがとうございます」と答えるのも、なんとなく気恥ずかしい。いつもなら、適当にヘラヘラして流してしまうところだ。ところが今回は、なぜか「錯覚ですよ」と即答してしまった。
声楽のレッスンやソロで歌っているときに同じことを言われたら、「ありがとうございます」と答える。そこは素直に受け取れる。でも、合唱では少し違う。
合唱は、自分だけがいい声を出せばいいわけではない。周りの声と混ざり、パートの中で支え合い、全体の響きをつくる。水野さんのように、パートの核になり、周りの声まで包み込むような声なら、「いい声ですね」と言われても納得できる。自分は、そこまでの声ではない。
帰宅すると、第10回門下生コンサート(11月14日、富山県小矢部市)のチラシ原案がアップされていた。今回は高校生も加わって、出演者は18人。チラシには出演者の名前と、それぞれの演奏曲が1曲ずつ載っている。
自分の名前の横に、自分が歌う曲が一つだけ載る。「いい声ですね」と言われて「錯覚ですよ」と逃げている場合ではない。チラシを眺めていたら、少し気合いが入ってきた。
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