熊本地震の記事が新聞に大きく載っている。テレビで見聞きした内容も多いが、新聞には現場の証言や背景の分析があり、一通り目を通した。
朝日新聞の小見出しに「硬い床・トイレ行列 10年前と同じ光景」とあった。
能登半島地震でも、避難所へ行かず、自宅の車庫や物置、車中で寝泊まりする人が少なからずいた。道路事情もあっただろうが、雑魚寝状態の避難所より、自宅近くで過ごすほうがまだましだと判断したのだろう。
避難所は一泊二泊なら何とか我慢できても、何週間、何か月と暮らす場所ではない。とくに能登のように高齢者の多い地域では、その負担は計り知れない。実際、能登では地震そのものによる犠牲者より、避難生活が原因となった関連死のほうが多くなった。
熊本地震の後も能登半島地震の後も、支援体制やボランティアの受け入れ、ライフラインの確保など、さまざまな見直しが進められた。しかし、避難所そのものをどう改善するのかという議論は、現場のボランティアから問題点が繰り返し指摘されているにもかかわらず、具体策があまり見えてこない。
結局、避難所の環境改善は後回しになっている。
記事を読んでいて、妻に言った。
「お城の修理も大事やろう。でも、人が何週間も暮らす避難所の環境整備のほうが、もっと優先されるべきじゃないか」
災害のたびに同じような避難所の光景が繰り返される。「教訓を生かす」と言いながら、最も身近で切実な課題が置き去りにされているのだ。
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