mixiユーザー(id:15337934)

2026年06月18日08:53

45 view

お墓(6983)

発言小町(読売新聞)に「100歳近くになって墓を建てた義祖母にモヤモヤ」というトピが立っていた。

内容はたいした話ではない。要するに、「そんなことにお金を使うくらいならこちらに回してほしい」という本音が透けて見える。

読みながら、ふと自分のことを思い出した。1999年に母が亡くなったとき、我が家には墓がなかった。毎年墓参りに行く父の実家の墓はすでに叔父の代になっており、父も母もそこに入ることはない。そこでどこかに墓を作ろうという話になり、葬儀社に紹介された住職の伝手でいくつか墓地を見て回った。勧められた区画の一つは、二区画分を三つに分けた場所で他よりかなり狭かった。

「生きている間も借家暮らしが長かったんや。今さら窮屈な所もいややろ」

そんなことを言いながら歩き回っていると、同じ墓地内で別の業者が扱っていた区画が空いていたので、そこに決めた。墓には母と、生後間もなく亡くなった長姉の写真を入れた。

後になって姉が「お墓を作ってくれてありがとう」と言った。そのときはなぜそんなことを言うのかよく分からなかったが、今思えば、嫁いだ姉にとっても母に手を合わせる場所ができたことは大きかったのだろう。行きどころのない遺骨というのは、やはり残された者にはつらいものだ。

その後、父の遺骨もそこに納めた。いずれは自分と妻も入るだろう。ただ、娘はどうするか分からない。永代供養にはしてあるが、墓を守るかどうかも含めて、最後は娘が決めればいいと思っている。

墓は死者のために建てるものと思われがちだが、案外、生きている者のためにあるのかもしれない。
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年06月>
日 月 火 水 木 金 土
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    

最近の日記

もっと見る