40年近い教師生活で、修学旅行の引率は7回した。担任の持ち上がりなら3年に1回。50歳を過ぎて担任から外れると機会はない。生徒指導の係をしていないのでまあこんなものだろう。
行き先は沖縄2回、九州2回、東京2回、北海道1回。生徒は楽しいだろうが、引率する側にとって修学旅行は苦痛である。できれば行きたくない。
さすがに他校生とのトラブルはなかったが、夜の点呼にいないとか、部屋に集まって酒を飲むとか、いろいろある。毎回、廊下で夜の待機をする羽目になる。担任だからやるが、そうでなければ学校の居残り組の方がまだ気楽だ。
修学旅行の出張費は石川県が負担するが、クラス担任と養護教諭(または外部の保健師)、生徒指導、管理職数である。
最初に東京に行った時だったか。1980年代の話である。事前注意の場で旅行会社から「グループ自主研修のとき、上野や秋葉原、新宿などで謎のイラン人からテレホンカードを買ってはいけません」と説明があった。面白い話だったので、あとで自分で調べて補足した。
当時のテレホンカードには上限があり(5000円が後に1000円に下げられていた)、問題のカードは磁気を書き換え、上からシールを貼って「10000円分通話できる」ようにしたものだった。
なぜか自分の手元にも1枚あった。どうやって手に入れたのかは覚えていない。自分で秋葉原に行ったとき拾ったのかもしれない。使った記憶はない。
もちろん違法である。だが、その理由を説明しようとすると少しややこしい。誰に損害があるのかが、実は最初は明確ではなかったのだ。これを使って損をするのは結局NTT(日本電信電話公社)で、その占有する財産権を侵害するという理屈になった。しかしこれは後付けの説明で、当初は詐欺として扱おうとしたが、法解釈に無理があった。
その法の隙間のようなところで、「謎のイラン人」の話が出てくる。そんな違法なものをなぜ路上で売っているのか、なぜ取り締まらないのか、と生徒は聞く。だがこれもグレーな面があるんだよ、と説明しつつ、それでも「買ったらだめだぞ」と言っておいた。値段はたしか2000円から3000円くらいだったはずだから、そんなものを買うくらいなら別の土産を買え、と。
金沢のような地方では、当時は外国人を見る機会も少なかった。まして「謎のイラン人」と言われても、生徒には実感がない。
「なぜイラン人なんですか」と聞かれて、石油とビザの話をした。1980年代には日本とイランの間に相互ビザ免除があり、多くのイラン人が上野周辺に集まっていたのである。調べると1992年に廃止になって15000人ほどのイラン人が国外退去になったというから,かなり多くのイラン人がいたのだろう。
最近、トランプとイスラエルによるイラン攻撃のニュースを見て、ふとそんなことを思い出した。
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