最近、YouTube に映画がずいぶん増えた。少し前までは予告編や断片的な映像が中心だったのに、今は一本まるごと視聴できる作品が目につく。
ただ、その多くがAIによる自動翻訳字幕のようだ。HeとSheの取り違えは珍しくないし、「これは何を言っているのだろう?」と巻き戻して確認する場面も少なくない。文脈を追えば理解できることもあるが、緊迫した場面で主語が入れ替わると、物語の輪郭が一瞬ぼやける。
とりわけ気になるのは敬語の扱いだ。英語には日本語ほど厳密な敬語体系はないとはいえ、上下関係や立場の差は明確に存在する。にもかかわらず、上司に向かって妙にぞんざいな口調になったり、逆に部下が過剰にかしこまったりする字幕を見ると、「いくらアメリカでも、その言い方はないだろう」と思わず苦笑してしまう。AIは語彙を置き換えることはできても、人間関係の温度まではまだ十分に訳し取れないらしい。
それでも利点はある。画質は以前より明らかに向上し、大画面でも耐えられる作品が増えた。なにより、字幕に全面的に頼らなくても耳で追えるようになったのは自分にとって小さくない変化だ。多少の誤訳があっても、英語の響きから意味を補える瞬間がある。そう思えば、AI字幕も悪いことばかりではない。
技術は未熟だが、環境は確実に豊かになっている。便利さと粗さが同居する過渡期を目撃しているのだろうか。
それにしても――世の中には、まだ見ていない映画が多すぎる。時間は有限なのに、作品は無限に増えていく。嬉しい悲鳴だな。
ログインしてコメントを確認・投稿する