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2025年10月27日23:49

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緊迫化する中東情勢(16)シリアの国づくりへ向けて 第3回(前編)第1章から第3章 シャアラ暫定大統領の素顔 2003年のイラク戦争時から2011年のアラブの春を経て、シリア内戦 最新2025年4月から10月の情勢

<緊迫化する中東情勢(16)シリアの国づくりへ向けて 第3回(前編)第1章から第3章 シャアラ暫定大統領の素顔 2003年のイラク戦争時から2011年のアラブの春を経て、内戦へ>

 暫定内閣が発足したシリアは、国際社会へ多様性のある社会をアピールする。最も人口比で74%を締めるイスラム教スンニー派が中心とはいえ、キリスト教や女性にも配慮し、内閣のメンバーに組み入れた。過激派の顔を持つシャアラ大統領は、いかに欧米から警戒感を和らげるのか、就任1年目に真価が問われている。今回シャアラ大統領が加わったとされる2003年の米英有志連合軍によるイラク戦争から、シリア内戦を経て、現在に至るまで一連の流れを前編・後編に渡って検証していく。なおシリア情勢については、4月から10月分まで半年間まとめてある。武装勢力の長から一国の主まで上り詰めたシャアラ大統領の素顔にも迫っていく。

 前回の緊迫化する中東情勢 第15回 2025年10月4日付
ガザ・シティ包囲作戦 国連演説でのネタニアフ首相とロシアのラブロフ外相のスピーチ。停戦へ向けて
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 過去のシリア関連日記

第1回目 2025年3月6日付 暫定政府のシャーム解放機構とは?シャアラ暫定大統領の素顔 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1989532957&owner_id=32437106

第2回 2025年4月8日付 シリアの国作りに向けて続編 2025年3月6日から4月7日迄 3月上旬のラタキア県での武力衝突。暫定内閣発足
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1989742339&owner_id=32437106

 目次
第1章 シリアは近隣諸国との外交関係の構築に急ぐ。
第2章 対話姿勢を貫くシャアラ大統領
第3章 シャアラ大統領の過去 シリア内戦
(1) 打倒アサド政権を目指して立ち上がる
(2) リーダーとしての素質 


 第1章 シリアは近隣諸国との外交関係の構築に急ぐ。

50年間アサド親子によって統治されたシリアは、今新しい国作りへ着手している。4月9日に、父親のアサド時代から続いていたイスラエルとの領土問題を巡り、仲介役としてトルコが動き出した。友好国のアゼルバイジャンにて、トルコとイスラエルの2国が高官会議を開いた。トルコのメディアが明かしている。アゼルバイジャンは、国民の8割がイスラム教シーア派であるものの、ソ連時代の影響からか、宗教色は濃くない。イスラエルとは武器輸入を通じて、協力関係にある。高官協議の中身については非公開だった。トルコは、ガザ紛争においてもハマスを支持する立場である。シリアの反政府勢力のバックにつくトルコは、イスラエルとは軍事的にも緊張が高まっていた。シリアにも空爆を繰り返すイスラエルに自制を求め、安全保障の枠組みについて協議したとみられる。トルコ側としては、イスラエルに対話する姿勢を見せることで、シリアでの軍事衝突を回避する狙いがある。ガザ地区からの撤退についてイスラエル軍は簡単には応じられない。国民から支持を失うエルドアン大統領は、イスラエルとの緊張緩和に努めていた。

 詳細 トルコとイスラエルの高官協議 JlJl.com 2025年4月10日23時12分付け
https://www.jiji.com/jc/article?k=2025041001366&g=int

4月10日、シリアのシェイバニ外相は、韓国を訪れていた。アサド政権時代、北朝鮮と強いパイプを築いていた。韓国は、北緯38度線を挟んで向き合う北朝鮮の同盟国といえるシリアとは国交がなかった。新たに暫定政府発足を受けて、国交樹立を盛り込んだ協定に署名した。

写真=4月10日撮影 左側チョテヨル外相、右側シェイバニ外相 出展:韓国外務省 詳細記事 シリアと韓国の国交正常化について 朝日新聞 ソウル=貝瀬秋彦2025年4月11日 19時30分 https://www.asahi.com/articles/AST4C36MDT4CUHBI00XM.html
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4月10日、エルドアン大統領は、もう一つ大きな仕事があった。クルド系政党の人民平等民主党の代表団と会談にのぞんだ。人民平等民主党は、「非常に前向きで、建設的な雰囲気の中で行われた」と会談時の様子を語った。エルドアン大統領とは「暴力や紛争のない民主的なプロセスを強化することは、我が国にとって重要であるという点で一致した」と関係改善に向けて手ごたえを口にした。続けて「今後、さらに強い意志で、平和と民主的な社会の実現に取り組んでいく」と誓った。

 2月26日に、同じクルド人系では、PKK(クルディスタン労働者党)のオジャラン氏が、刑務所の中から停戦を呼びかけていた。クルド人の人民平等民主党は、オジャラン氏の意思を汲み取り、トルコ人との間で平和的な解決を願い、エルドアン大統領との会談を取り付けた。2014年の大統領就任以来、エルドアン氏は、初めてクルド人の党との対話に成功し、政情安定化へ向けて布石を打った。

 詳細 4月10日 エルドアン氏とクルド人平等民主党との会談 2025年4月11日9時15分 https://news.ntv.co.jp/category/international/81624417cb1b4864837d52b20e685d10


    第2章 対話姿勢を貫くシャアラ大統領

5月14日、シャアラ大統領は、中東歴訪中のトランプ大統領とサウジアラビアの首都リヤドで会談した。サウジアラビアの実質最高権力者のムハンマド・ビン・サルマン皇太子の前で、シャアラ大統領とトランプ大統領が握手する様子がカメラに映し出された。イスラエル寄りの姿勢のトランプ大統領との会談を通して、シャアラ大統領は国境問題の解決に理解を求めたとみられている。イスラエル軍は、シャアラ暫定大統領が率いるシャーム解放機構の首都ダマスカス入りにあわせて、国境沿いのゴラン高原に部隊を展開していた。シャアラ大統領自身、新政府発足の目安となる5年間で、イスラエルと和解する姿勢を示している。世界に影響力を持つトランプ大統領にも対話する意思を表示した。

 ホワイトハウスのレビット報道官によると、トランプ大統領は、ユダヤ教国家イスラエルと、包括的にアラブの国々が国交を結ぶ「アブラハム合意」に加わるように要請したとのことである。米ワシントン・ポスト紙のインタビューでトランプ大統領は、「事態が落ち着いたら参加して欲しい」と伝えたという。シャアラ暫定大統領から「イエス」と返事を受けたと明かした。

 写真 トランプ大統領とシャアラ暫定大統領 掲載元 詳細記事 2025年5月15日午前12時1分 Reuters
https://jp.reuters.com/world/us/3E4ZZJNCEZOOFI6FZAZ44Q53CQ-2025-05-14/
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5月17日に、イラクの首都バクダッドにてアラブ首脳サミットが開催された。イラクでの開催は2012年以来13年ぶり二度目となる。1度目の当時はシリア内戦の初期段階だった。反政府勢力の一員として活動していたシリアのアルカイーダ出身シャアラ氏は、2024年12月8日に首都ダマスカスに入り、自ら暫定大統領に就いた。現在は特定の人種や宗教宗派に拘らず、多様性のある社会を尊重する国づくりを進める。かつては、シーア派を嫌うサラフィー主義者だった。2003年の米英有志連合軍によるイラク戦争時に、テロ活動にも参加していたとみられている。

イラクの国民は7割がシーア派、スンニー派は2割代である。残り1割未満は、キリスト教徒やヤジディー教徒だった。サッダーム・フセイン時代に国内で少数派のスンニー派が政府の要職に就き、シーア派を弾圧した経緯がある。現在は権力分有型と呼ばれる政治制度を採用し、宗派や人種に配慮した。実務を担う首相の存在からシーア派が中心の社会といえる。議長国イラクのスッダーニ首相を含め、要人からシャアラ暫定大統領の出席を反対する声が上がっていた。代わりにシェイバニ外相がテーブルに着いた。

必 下記の参考日記 �,鉢△離螢鵐�先に、イラクの政治体制を説明している

写真=会議で議長を務めたイラクのスッダーニ首相 掲載元 詳細記事 UNAサイトより
https://una-oic.org/ja/%E3%82%92/2025/05/17/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%96%E9%A6%96%E8%84%B3%E4%BC%9A%E8%AD%B0%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%AF%E9%A6%96%E7%9B%B8/
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 議長のスッダーニ首相は、真っ先にガザ情勢について言及した。犠牲になる民間人に遺憾を表明した。IDFの兵士による虐殺とヨルダン川西岸地区および占領地への攻撃を止め、人道支援への扉を今すぐ開く必要がある、とアラブ諸国を代表して、意思表示する。出席者に向っては、「一口の食べ物や一切れのパンを求めて何百人もの子供たちが列を作り、それを手に入れるか、何も持たずに帰るかの光景を私たちは皆見たことがある」と切実に訴えた。イラクも2003年の米英を中心とした有志連合軍による戦いで、国土は荒廃していた。反米勢力によるテロ活動が絶えず、物資が滞り、数少ない食物を巡って、住民が取り合っていた。まさに餓えと紙一重だったのである。悲惨な過去を思い出したのか、スッダーニ首相は、出席者に訴えかける。「この世代(2023年10月7日から始まったガザ紛争後の世界)の記憶は、痛み、苦しみ、そして不公平感をどのように記録するのでしょうか?」

ガザについては、アラブ諸国が一丸となって支援する必要性を説き、イスラエルへの対抗意識を燃やした。IDFによるヒズボラ掃討を掲げたレバノンへの侵攻も痛烈に非難する。改めて国内情勢が落ち着きつつあるレバノンの復興をサポートする旨を語った。続いてシリアについては、同国の領土に対する主権を支持する立場を表明した。出席者のシェイバニ外相は、シャアラ大統領に代わって、国を代表し、引き続きサポートを求めた。中東に影響力を持とうとしている中国の習近平国家主席も、アラブサミットの様子を見守った。議長国であるイラクのラシード大統領宛にも書簡を送ったとのことである。サミット終了後、出席者による声明文が出された。シェイバニ外相によると、今後経済的にパートナーとして、続けていくことを誓う内容だと明かした。

 詳細 習近平国家主席の書簡について 人民網 日本語版 2025年5月19日13時52分付 https://j.people.com.cn/n3/2025/0519/c94474-20316545.html

 外交努力は着実に実を結び、シリアの復興を周辺のアラブ諸国を越えて、EUからもサポートする声が高まっている。5月20日、米トランプ大統領が近くシリアの経済制裁を解除する意向を受けて、EUも決断した。2025年2月以降、石油を含めて天然ガスや金融部門において制裁を緩和していたものの、新たに全面解除との合意にいたった。5月7日に、シャアラ暫定大統領と首都パリで対談したフランスのマクロン大統領の呼びかけにEUが応えた形だった。
 
 詳細 シリアの制裁解除について 朝日新聞デジタル 2025年5月21日17時48分付
https://www.asahi.com/articles/AST5N6RHQT5NUHBI001M.html

 シェイバニ外相は、EUの対応を受けて、自身のSNSのXにて、謝意を示した。欧米からの経済制裁全面解除を受けて、国づくりへサポート体制を築いた。テロリスト集団との疑いは確かに晴れたものの、国内情勢は混沌としている。かつてラッカを首都と宣言したISには神経を尖らせていた。2025年6月22日 ダマスカスのキリスト教の教会にて、自爆テロが起こった。22人が死亡し、数十人が負傷した。シリア内務省は「教会にISを名乗る男が侵入し、無差別に発砲した後、自爆した」との声明を出した。

写真=6月22日のダマスカスでのテロ現場(出展:AFP時事) 詳細 掲載元 時事通信 2025年6月23日午前7時53分付 https://www.jiji.com/jc/article?k=2025062300226&g=int#goog_rewarded
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ISはきわめて保守的な考えに基づき、同じイスラム教でも多数派のスンニー派のみを容認する。預言者ムハンマドの教えを体現できるカリフ制国家の建国を掲げ、世襲王政も認めない。シャアラ暫定大統領は、確かにスンニー派であり、世襲王政も否定的だった。各宗教や宗派に配慮した国づくりは、ISの理念には合わない。いかに数多くの民兵を統一した国軍をまとめられるか、リーダーシップにかかっている。

第3章 シャアラ大統領の過去 シリア内戦

 1982年10月29日生まれのシャアラ大統領は、過激派と疑われる所以がある。当初から目標は、アメリカの排除、イスラム教の布教だった。当時サラフィー主義者のイラクのアルカイーダ出身のザルカウィ容疑者とつながっていたとみられている。シャアラ氏本人は2021年に、交流を持ったことはないと否定している。サッダーム・フセイン大統領が拘束された2006年に、シャアラ大統領自身も、米英の治安維持部隊に、テロの容疑者として逮捕されていた。罪人から一国の主になるまでの過程を辿っていく。

    (1)打倒アサド政権を目指して立ち上がる。

2011年に、アラブの春を発端に、シリアで反アサド政権打倒を目指す動きが高まると、治安維持部隊と衝突する。容疑が晴れて米国から身柄を解放されたシャアラ氏は、打倒アサド政権を目指す反政府勢力の戦闘員に加わった。アサド大統領は、シャアラ氏自身受け入れがたい。イスラム教シーア派の少数派アラウィー派に属する。経典には輪廻転生があり、モスクでの礼拝を行わない。独自の神殿を築き、偶像崇拝には慣用的である。イスラム過激派は、少数派であるアラウィー派の教義を認めていない。
後に、アサド大統領を敵対視するイスラム国を建国するイラクのアルカイーダ出身バクダディーとも共闘関係にあったことが分かっている。反アサド政権で一致するものの、国づくりの方針は違っていた。反政府勢力のヌスラ戦線を立ち上げ、シャアラ氏とバクダディーの間を、エジプト出身のザワヒーリーが仲介した。亡きビンラディンの後継者とみられたザワヒーリーは、影響力が大きかった。シャアラ氏とバクダディーは、2年間共に戦ったものの、2013年に喧嘩別れした。バクダディーが、同年4月にイスラム国の建国に伴い、ヌスラ戦線を指揮下に置くと宣したことにある。一切多宗教や宗派を認めず、コーランに則った運営体系をとるバクダディーと、正義感からアサド政権と戦ったシャアラ氏はまったくあわなかったのである。二人の間を取り持ったザワヒーリーもイスラム国の参加を拒否した。ザワヒーリは、テロリストとして影を潜めるようになる。きっかけは、シーシ大統領が政権を握った2013年のエジプトクーデターにある。弟がシナイ半島での銃撃に加わったことで、逮捕されたと報じられた。2022年7月31日に、アフガニスタンの首都カブールでの潜伏先を突き止めたアメリカ空軍によるドローン攻撃を受けて、死亡したとされる。71歳だった。

 シャアラ氏は、2013年にバクダディーと相容れず、同士が集り、軍を結成する。新たに「シリアのアルカイーダ」を中心としたヌスラ戦線と、バクダディが掌握したイスラム国の間でも戦端が開いた。シリアのアルカイーダが中心となるヌスラ戦線は、過激派ではなく、穏健化した集団となる。他国からはテロリストと一括りにされていた。2015年3月24日から29日の間、ヌスラ戦線を中心とした反政府勢力を一掃するべく、アサド政権が空爆を仕掛けたのである。3月28日、アサド政権の支持派を地上作戦で一掃し、制圧を宣言した。犠牲は大きかったものの、軍事的に大きな成果だった。なお他国は、ヌスラ戦線が中心となる反体制派を、アラビア語で連合体を意味するファトフ軍と呼ぶ。シリア内戦は、アサド政権、ヌスラ戦線、イスラム国,クルド人勢力の四つ巴と化した。

2015年5月、シャアラ氏は、西欧諸国向けに、敵はあくまでもアサド政権と取り巻くヒズボラとその他民兵組織、またイスラム国だと主張した。当時のアサド大統領が信仰するイスラム教シーア派の一派アラウィー派へは攻撃の意思がないと明確にする。言動に反して、2015年10月、シャアラ氏は、指揮官としてラタキア県のアラウィー派が数多い村落への攻撃を呼びかけた。その理由について、スンニー派の村が、アライウィー派の武装集団から攻撃を受けたことによる報復だと説明する。アサド政権とつながるロシアが、参戦するきっかけになった。2016年7月28日、シャアラ氏は録音音声で声明を発し、ヌスラ戦線を「シャーム征服戦線」に改称すると宣言した。改めてザワヒーリが主導するアルカイーダとは関係を絶った。真のリーダーとして上り詰めたのである。

     (2)リーダーとしての素質

2017年1月28日には、いくつかの民兵組織を統合して、新たに「シャーム開放機構」と名乗り、組織拡大に成功する。同年11月にはイドリブ県を制圧した。

写真左=イドリブ県の2018年時点の勢力図 掲載元 アジアプレス・ネットワーク 2018年9月5日付 https://www.asiapress.org/apn/2018/09/syria/syria-conflict-2/
写真右=2016年7月28日に、インターネット上で公開されたシャアラ氏 当時アルカイーダとの決別を宣言した 掲載元 四国新聞社 2016年7月29日午前7時47分付
https://www.shikoku-np.co.jp/national/international/print.aspx?id=20160729000089
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2018年8月中旬に続き、9月4日にロシア軍が、反体制派の根城を狙って空爆する。近くアサド政権の奪還作戦をうながす狙いがある。

詳細 2018年9月4日のイドリブでの空爆 日経新聞 2018年9月4日20時37分付
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO34981690U8A900C1FF8000/

 2018年9月17日、アサド政権を支援するロシアのプーチン大統領とシャーム開放機構の後ろ盾のトルコのエルドアン大統領が、ロシアの黒海に面したソチで会議を開いた。ソチ合意に基づき、アサド政権の支配地域とイドリブとの間で20kmの緩衝地帯が設置された。トルコが、テロの抑止に務める。トルコは、イドリブの反体制派の占領地としてロシアに容認してもらうことで、復興を後押しする。当時クルド人組織と敵対する自由シリア軍をバックアップしていたのである。

必 下記の「参考日記�� 第2章 クルド人問題 21世紀の歩み」で詳しく記載

2020年2月27日に、シリア政府軍による空爆により、緩衝地帯で警備に当たっていたトルコ兵29人が死亡する事件が起こった。負傷者36人の兵士は、国境を接するトルコ国内の病院に直ちに運ばれた。

 写真=イドリブ県の非武装地帯を示した地図 出展、詳細記事 CNN.co.jp 2020年2月28日午前10時付け https://www.cnn.co.jp/world/35150002.html
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ソチ合意は、実質形骸化した。コロナ禍による閉塞感を打破するべく、ロシアは2020年10月26日に大規模空爆を実施した。イドリブ県内で78人が死亡、90人以上が負傷した。

 詳細 イドリブでの空爆作戦 2020年10月27日(火)午前10時3分 エキスパート:青山弘之 https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/dbd30d943bbb96af80d61344b635af5f0baea0c9

 2020年2月18日時点で、戦闘の最前線となるイドリブから80万人が住処を追われている。詳しい時期は明らかになっていないものの、戦闘が落ち着いた2022年以降イドリブでは、復興事業にも着手する。住宅開発と平行して、ショッピングモールを建設、医療施設を設ける。電力についても24時間体制で管理した。

写真=イドリブのショッピング街 Yahooニュース オリジナル特集 2025年3/16(日) 14:00配信 https://news.yahoo.co.jp/articles/1eb8c18a767b83fc2a85f1ccce93d1104c7e49a6?page=3
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統治能力としては、保守的だった。トルコからの輸入品や検問所で見つかった密輸品に高い関税をかけた。トルコ・リラの下落により、住民の懐は苦しくなり、打倒シャアラを目指す動きが出ていたのである。確かに軍を投入して、住民を取り締まった。一方西側諸国から、イドリブ県内において、刑務所の虐待疑惑については、自らの指示ではないと、反論した。住民とは和解策に転じて、拘留者の釈放に踏み切り、歩み寄りを示す。2023年2月6日午前4時17分、シリアとトルコ国境沿いにマグニチュード7,8の地震が発生した。シャーム開放機構のメンバーは、協力国のトルコと共に救助に当たった。死者は6万人を数えたものの、住民の帰還へ向けて、いちから準備を整えた。ISとは一線を画した統治方法により、治安維持に務め、着々と力を蓄えていた。

2024年11月28日からのダマスカスを目指しての反転攻勢に踏み切った。同年12月8日に、ほぼ無欠で首都へ入城し、暫定政府を立ち上げたのである。過激派の顔を次第に消して、住民の中に溶け込んでいた。シャアラ大統領は、戦闘を続ける中で、統治能力を高めていた。元々はサラフィー主義のISの建国者バクダディとは異なる一面を持つ。現に2019年10月27日、イドリブ県にバクダディが潜んでいるとの情報をつかんだ米国側の軍事作戦を許可したのである。人種や宗教の違う人々を束ねるには、強力なリーダーシップを必要とする。その素質を兼ね備える人柄だった。続いて第4章以降は、クルド人とトルコ、またシリアの暫定政府の関係に迫っていく。


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